介護現場では利用者のプライバシーに介入することも多々あります。そのため、個人情報の取り扱いやプライバシーに対する配慮が欠かせません。気づかないうちにプライバシー侵害してしまわないよう、職員がプライバシー保護の意識をしっかり持つことが大切です。
介護現場におけるプライバシー保護には、大きく2つのメリットがあります。
1つは、高齢者の尊厳を傷つけない介護サービスを提供できるようになること。
2つ目は、施設運営における法令違反のリスクを低減できることです。
では、介護施設がプライバシー保護のメリットを受けるためには、どのような取り組みが必要となるのでしょうか。この記事では、介護現場におけるプライバシー保護と取り組みの重要性について解説します。解説項目は、以下のとおりです。
・介護現場におけるプライバシー保護の重要性
・介護現場で起こり得るプライバシー問題
・プライバシー保護と関連の深い法律・ガイドライン
・介護現場におけるプライバシー侵害の例
・プライバシー保護で大切な取り組み
介護現場におけるプライバシー保護に取り組みたい介護職、現場リーダー、管理者の方はぜひ参考にしてみてください。
目次
介護現場におけるプライバシー保護の重要性
プライバシーとは、個人や個人の家庭における私事や私生活を指します。また、個人の私生活が、他者から干渉や侵害を受けない権利もプライバシーです。プライバシーには、「個人が他者に知られたくないと思う情報」が幅広く含まれています。
介護施設でいえば、肌の露出が増える入浴や更衣の場面は、利用者にとって重大なプライバシーです。排せつの姿はもちろん、排せつに関する情報も「誰にも知られたくない情報」でしょう。
そうしたプライバシーが保護されない場合、利用者は『いつも誰かに見られている』『安心して過ごせない』と感じて、心の平穏を保てなくなるおそれがあります。
介護サービスを利用するほとんどの方は、疾患や障がいなどを抱えた要介護者です。その方のプライバシーが十分に保護されるように、介護職やスタッフが適切に配慮する必要があります。
介護施設の職員がプライバシー保護に配慮して介護サービスを提供すれば、利用者の尊厳を守りつつ適切に支援できるでしょう。安心して過ごせる環境は、その方が自己実現を果たすためにも重要な要素の1つです。
個人情報とプライバシーの違い
混同しやすいのが、個人情報とプライバシーです。まず最初に、個人情報とプライバシーの違いについて押さえておきましょう。
個人情報とは、特定の個人を識別、特定できる情報を指します。氏名、生年月日、住所、顔写真などの情報は、個人情報に該当します。また、運転免許証番号やマイナンバー、国民年金の基礎番号なども個人情報です。
一方のプライバシーは「個人が他者に知られたくない情報」を指し、個人情報に比べて幅広い情報を含みます。たとえば、認知症の有無、利用している介護サービスの種類といった情報は、個人のプライバシーに含まれます。
以下、表で簡潔にまとめています。
個人情報 | プライバシー | |
意味 | 特定の個人を識別・特定できる情報 | 個人や個人の家庭における私事や私生活 (個人が他者に知られたくない情報) |
範囲 | 法律で定められており、限定されている | 個人情報を含め、広範囲におよぶ |
具体例 | 氏名 生年月日 住所 顔写真など |
氏名 生年月日 住所 顔写真 疾病や障がいに関する情報 年金や貯蓄に関する情報 生活歴など |
個人情報は、個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)によって詳しい内容が定義されており、保護の対象となることが明記されています。
参考:e-GOV|個人情報の保護に関する法律
参考:政府広報オンライン|「個人情報保護法」を分かりやすく解説。個人情報の取扱いルールとは?
介護現場で起こりやすいプライバシー問題
介護現場で起こりやすいプライバシー問題とは、どのようなものでしょうか。2つの場面に分けて紹介します。
利用者を介助する場面 | 利用者と接しないが、プライバシーに関わる場面 |
排せつ介助、入浴介助、更衣介助、おむつ交換 | 利用者との会話、職員間の会話、介護記録、施設内やSNSへの記事物 |
万が一、施設側が利用者のプライバシーを侵害してしまうと、利用者や家族からの信頼を失いかねません。また、場合によっては虐待ケースだと判断されるおそれもあります。
重大な個人情報の漏えいは、利用者や家族とのトラブルに発展する可能性があり、訴訟リスクも高まるでしょう。そのため、介護現場では、利用者のプライバシーに配慮した適切な介護サービスを提供する必要があるのです。
プライバシー保護と関連の深い法律・ガイドライン
ここで、プライバシー保護と関連の深い法律・ガイドラインを紹介します。
・個人情報保護法
・医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン
・社会福祉士及び介護福祉士法
以下、押さえておきたいポイントをご紹介します。
個人情報保護法
個人情報保護法は、個人情報の取扱いに関するルールを定めた法律です。2003年に制定され、2005年から施行されています。
個人情報保護法で定められた主な項目がこちらです。
・個人情報を利用する目的の特定(第17条)
・利用目的による制限(第18条)
・不適正な利用の禁止(第19条)
・適正な取得(第20条)
・取得に際しての利用目的の通知等(第21条)
・安全管理措置(第23条)
・漏えい等の報告等(第26条)
個人情報保護法では、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の利益や権利を保護するためのルールが厳格に定められています。
医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン
「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」は、以下の項目を目的として、厚生労働省によって定められた方針・指標です。
・事業者が、個人情報を適切に取り扱うための活動を支援する
・支援により事業者が講ずる措置が、適切かつ有効に実施される
なお、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」では、介護現場の実務レベルでの留意点や事例が紹介されています。
参考:厚生労働省|厚生労働省|医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン
参考:厚生労働省|医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス
社会福祉士及び介護福祉士法
社会福祉士及び介護福祉士法は、「社会福祉士と介護福祉士の資格を定め、その業務の適正を図り、社会福祉の増進に寄与すること」を目的として制定された法律です。
同法律では、社会福祉士と介護福祉士に「秘密保持義務」が定められています。また、規定に違反した場合の罰則規定も設けられています。
第四十六条
社会福祉士又は介護福祉士は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない。社会福祉士又は介護福祉士でなくなった後においても、同様とする第五十条
第四十六条の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する2
前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない
介護現場におけるプライバシー侵害の例
介護現場におけるプライバシー侵害の例について、8つの場面に分けて紹介します。それぞれの場面における、プライバシー侵害の具体例と対処法を確認していきましょう。
1.排せつ介助
排せつ介助における、プライバシー侵害のおそれがある対応例を紹介します。
・トイレの扉を開けたままで、排せつ介助を実施する
・排せつの有無を、周りの人に聞こえる声で質問する
・排せつに関する情報を、周りの人に聞こえる声でやり取りする
・ノックをせずにトイレの中へ入る
排せつ介助の場面では、相手の羞恥心に配慮することが大切です。排せつにともなう「音」にも注意しましょう。
対応例がこちらです。
・トイレのドアを閉める(カーテンだけ閉めても、排ガスの音などが外部にもれてしまう)
・周りの人に聞こえない小さな声で、排せつの有無を質問する
・職員だけの空間で排せつに関する情報をやり取りする
・トイレに入る際はノックを忘れない
介護現場で導入が進んでいる「介護アプリ」は、利用者のプライバシー保護に活用できます。利用者の排せつ状況をアプリに入力すれば、スマートフォンやタブレットから必要な情報を得られます。利用者のプライバシー保護に効果的です。
2.入浴介助
入浴の場面では、利用者は自分の裸を介護職に見せることになります。排せつ介助と同様に、相手の羞恥心に配慮して対応しましょう。
プライバシー侵害のおそれがある対応例は、以下の内容です。
・裸の利用者をタオルでくるみ、ストレッチャーに移乗して、人目のあるエリアを移動する
・衣服を脱いだ利用者を、更衣室や浴室で長時間待たせる
・「薬を塗るので待っていてください」などと声をかけて、裸の利用者を長時間放置する
入浴を開始する前に、着替えや処置用の軟膏などを用意しておくと、速やかに入浴後の処置をスタートできます。事前準備によって、利用者の待ち時間を短縮しましょう。
3.更衣介助・おむつ交換
更衣介助やおむつ交換の場面も、排せつや入浴介助と同様、利用者の肌の露出が増えるシーンです。個室にいても、扉を開けたまま更衣介助やおむつ交換を行うと、プライバシー侵害にあたる可能性があります。
個室で介助する際は、ドアを閉めて行いましょう。廊下の声や物音を確認しながら介助したい場合は、ドアを10㎝ほど開けて室内を隠す方法がおすすめです。個室を用意できない場合は、パーテーションを使用して、周りの目が届かないように配慮してみてください。
更衣介助やおむつ交換はできるだけ短時間で行い、利用者のプライバシーを保護していきましょう。
4.利用者の個人情報
利用者の個人情報は、振り込め詐欺などの悪徳商法に用いられるおそれもある情報です。たとえ、プライベートな時間であっても、利用者の特定につながる情報は公共の場で口にしてはいけません。
介護現場で知った利用者の個人情報を、施設の職員が外部に漏らした場合、法的責任を問われる可能性があります。
個人情報の漏えいを防ぐためには、職員一人ひとりの意識が鍵をにぎります。詳しい対処法は、後述の「介護現場のプライバシー保護で大切な取り組み」をご覧ください。
5.利用者との会話
利用者と職員の会話では、利用者のプライバシーを別の利用者に漏らさないよう注意が必要です。
本人以外の利用者から、「利用者Aさんは、どこに住んでいるの?」「Aさんの電話番号を教えて」と質問されても、「個人情報のためお答えできません」「Aさんのプライバシーに関することですから…」と、明言を避けましょう。
プライバシー保護は「本人が知られたくない情報を知られずにいる権利」とも言い換えられます。うっかり利用者のプライバシーを漏らさないためにも、職員一人ひとりがプライバシーの意味や保護の重要性を学んでいきましょう。
6.職員間の会話
介護現場では、利用者が食べた食事の内容、排せつに関する情報などが職員間で日常的にやり取りされています。これらは、利用者に必要なケアを提供するための重要な情報です。
しかし、職員同士の日常的なやり取りの中に、本人が知られたくないような情報が含まれている可能性があります。例えば、排せつでいえば排便間隔や便の形状などは、本人が他人に知られたくない情報だといえます。
職員間で会話をする際、プライバシーを保護する方法として以下の内容が考えられます。
・利用者の特定につながる情報のやり取りは、人目のない場所(詰め所など)で話す
・記録物やアプリを使って情報共有する
・小声で話す
・専門用語を活用する
筆者が勤めていた特別養護老人ホームでは、職員間の会話で専門用語や記号を活用していました。
「307番(利用者の部屋番号)のkotは-3です」と、専門職だけが理解できる用語を用いることで、利用者のプライバシーに配慮していました。よろしければ、自社の介護現場でも活用してみてください。
7.介護記録
介護記録には、利用者の氏名や住所、趣味嗜好などプライバシーに関する情報が記載されています。介護記録を第三者が閲覧できる状態にしている場合、プライバシー侵害にあたる可能性があります。
介護記録の保管場所は職員に周知して、使用後は元の場所にしまうように徹底しましょう。介護記録を適切に保管すると、個人情報を紛失するリスクも低減できます。
8.施設内やSNSへの掲示物
個人情報には、「個人を特定できる顔写真」も含まれます。行事の様子を写真にした広報誌を掲示する際は、事前に本人の了承を得るようにしましょう。
SNSを活用して施設の行事や日常の様子をアップしている介護施設も多いのではないでしょうか。しかし、利用者の全てが掲載の了承をしているとは限りません。了承を得ていない利用者の顔はぼかしたり、そもそも映らないようにするといった配慮が必要です。
本人に意思を確認するのがむずかしい場合は、キーパーソンのご家族に連絡して了承を得ると、プライバシー侵害を避けられます。
介護現場のプライバシー保護で大切な取り組み
利用者のプライバシーを保護するために、2つの大切な取り組みを紹介します。
介護施設全体でプライバシー保護に関する意識を統一する
利用者のプライバシーを適切に保護するためには、施設職員の意識統一が必要です。プライバシーに関する意識を1つにすると、職員によって対応がバラバラになることを防ぎ、一貫性のある対応に結びつきます。
意識統一を図るには、定期的な研修の実施やマニュアルの整備が効果的です。さらに、施設長や現場リーダーが率先してプライバシー保護の模範を示せば、他の職員と一体となってプライバシー保護の取り組みを推進できます。
プライバシー保護の研修を実施する
プライバシー保護の研修を実施することも効果的な方法です。プライバシー保護の研修を実施すると、プライバシー保護に関心の薄い職員も含め、全職員にプライバシーの意味や保護の目的を伝えられます。結果として、利用者のプライバシーに配慮した介護サービスを実現できるでしょう。
研修の成果を高める方法として、アンケート調査の実施が挙げられます。プライバシー保護に関する疑問・質問、とりあげてほしい事例などを収集すると、自社の現場に沿った研修となります。
プライバシー保護の研修も1度だけで終わらせず、定期的に実施することが大切です。そうすることで職員に意識が浸透していきます。またアンケート調査の内容も必要に応じ、プライバシー保護の研修内容に反映させていくとよいでしょう。
利用者の立場でプライバシー保護を考えることが大切
利用者のプライバシーを保護するためには、相手の立場でプライバシーについて考える必要があります。
たとえば、自分が介護サービスを利用する高齢者だったらという視点で、『トイレのドアを開けたまま排せつ介助されたらどう感じるかな?』と考えてみることが大切です。
利用者の立場から職員の対応を見直すと、利用者のプライバシーに配慮した思いやりのあるケアを提供できるようになります。プライバシーの範囲は個人によって異なるため、全ての利用者のニーズを把握するのは大変な作業になるかもしれません。
それでも、日頃から利用者の立場を考えていると、利用者のプライバシーを尊重したケアにつながっていきます。プライバシーに関する知識を身につけながら、介護現場でプライバシーに配慮したケアを実践していきましょう。
まとめ
介護現場におけるプライバシー保護について、取り組みの重要性と方法などについて解説をしました。最後に本記事の重要なポイントをまとめます。
・プライバシーとは、個人や個人の家庭における私事や私生活。また、個人の私生活が、他者から干渉や侵害を受けない権利のこと
・プライバシーには「個人が他者に知られたくないと思う情報」が幅広く含まれている
・介護施設の職員は、日常のさまざまな場面で利用者のプライバシーを保護する必要がある
・プライバシー保護と関連の深い法律は「個人情報保護法」「社会福祉士及び介護福祉士法」
・介護施設の誤った対応によって、プライバシー侵害になるケースがある
・プライバシー保護の取り組みとして、施設全体での意思統一や研修の実施は効果的
介護現場では、利用者の立場に立ったプライバシー保護の取り組みがとても大切です。利用者が自社の介護サービスを安心して利用でき、またご家族からも信頼されるように、プライバシー保護の取り組みを導入・実践していきましょう。
この記事の執筆者 | 千葉拓未 所有資格:社会福祉士・介護福祉士・初任者研修(ホームヘルパー2級) 専門学校卒業後、「社会福祉士」資格を取得。 以後、高齢者デイサービスや特別養護老人ホームなどの介護施設を渡り歩き、約13年間介護畑に従事する。 生活相談員として5年間の勤務実績あり。 利用者とご家族の両方の課題解決に尽力。 現在は、介護現場で培った経験と知識を生かし、 Webライターとして活躍している。 |
---|