「介護現場での生産性向上」というキーワードが使われはじめ、数年が経ちました。厚生労働省がまとめている『「介護現場の生産性向上の取組」経営層向けリーフレット』では、介護サービスにおける生産性向上を以下のように定義しています。
『「一人でも多くの利用者に質の高いケアを届ける」という介護現場の価値を重視し、介護サービスの生産性向上を「介護の価値を高めること」』
そのための方法として、介護ロボット・ICT等テクノロジーの活用支援や介護現場のタスクシェア・タスクシフティングなどが示されています。
この記事では介護現場での生産性向上に役立つ介護記録の電子化について、その重要性や必要性、どのように取り組めば導入がうまくいくか、メリットやデメリットについて管理者目線で解説します。ぜひ参考にしてみてください。
目次
介護記録を電子化する重要性・必要性
介護現場では、利用者や入所者の健康状態やケア内容を正確に記録することがとても大切です。以前はほぼ全ての介護現場で、紙で記録が残されていました。
私も過去には各職員からあがってくる記録や日誌、報告などをチェックしながら、毎日膨大な記録を手書きするのは大変だろうと感じていました。
生産性向上という視点で考えてみると、早く正確にわかりやすい記録を残すことができるのがベストです。そのための一環として、介護記録の電子化が求められています。
介護記録の電子化の重要性は、紙での記録ではできないことが多くできる点にあります。次からは、介護記録の電子化における具体的なメリットやデメリットについて見ていきます。
介護記録を電子化するメリット
介護記録を電子化するメリットは、電子化をしないで今までのように紙で記録を残すデメリットを考えるとわかります。紙の記録によるデメリットを考えてみると、以下のようなものが考えられます。
・記録に時間がかかる、読みにくい(読めない)記録が出てくる
・検索をすることができない
・紙の購入や印刷のための費用がかかる
・保存場所を取る、劣化する、紛失のリスクがある
・複数で共有するためには、その都度、コピーが必要
これらのデメリットを解消することができることが、介護記録を電子化するメリットになります。次にそれぞれ、メリットについて具体的に解説します。
記録の時間が短縮できる
介護記録を電子化することによるメリットのひとつは、記録の時間を短縮できる点です。
従来の手書き記録では、ボールペンを使用したり、修正の際に修正液やテープではなく打ち消し線で訂正し、押印を求める事業所もあります。そのため、職員は下書きを鉛筆で作成したり、別の紙に記入してから転記する手間をかけることがあります。これは記録の改ざんを防ぐための措置ですが、非常に時間と手間がかかります。
一方、パソコンやタブレットを使用する電子化された記録では、コピーや貼り付けなどの機能が利用できます。手書きの記録にはこれらの機能がありませんが、電子化することで記録を迅速かつ正確に作成できます。また、システムによっては変更の履歴も残るので不正や改ざんの防止にも役立ちます。
ただし、パソコンが苦手な職員もいますし、キーボードで文字を打つことに苦手意識を持っている場合もあります。実際、過去には電子カルテを導入する際に、キーボード操作が苦手で転職したという話を聞いたこともあります。キーボード操作が苦手な職員にとっては、短い記録であれば手書きの方が早いこともあります。
しかし近年では、介護システムに入力のための予測変換機能や音声認識を搭載したり、選択肢から記録を作成できる機能を備えたシステムも増えています。これにより、職員はより効率的に記録を行えるようになっています。ICT化に先進的な介護施設では、複数のICTツールを使い分け介護記録の効率化を実現しています。
情報共有しやすい
介護記録を電子化することで、利用者の情報の共有がしやすくなります。従来、紙で書いた記録を共有しようとすると、その都度コピーを取ったり、忙しい時間帯に個人の記録を見ようとすると記録を確認するための順番待ちができたりしていました。
しかし、電子化することでそのシステムにアクセスできる環境があれば、どこからでも職員が同時にアクセスすることができるので業務の効率化にも繋がります。
また、検索機能やソート機能なども紙の記録ではできない電子化のメリットです。正しい情報を迅速に共有できることは、介護記録を電子化するうえでとても大きなメリットになります。
記録の保管場所を削減できる
介護保険の運営基準では、介護記録は『完結の日から2年間保存しなければならない。 』と定められています。例えば3年間サービスを利用した利用者の場合、サービス開始から5年間分の記録を保存しておかなくてはいけません。
大きな施設や事業所の場合、利用する人数も膨大になるため、その分の記録を保管しておくスペースも必要になります。介護記録を電子化することで紙のデータは残す必要がなくなるため、保管場所の削減、そして紙の使用頻度も減らすことができることは大きなメリットになります。
私も以前、老健にいた際に、利用終了者のファイルを日付ごとに倉庫に保管し、終了から一定期間が経過したものから処分をしていきました。個人情報にもなるため処分も専門の業者に依頼していたため高額でしたが、電子化すればそのようなコストも削減が可能です。
データを活用し介護の質向上が期待できる
介護記録を電子化する一番のメリットは、介護の質の向上が期待できる点です。介護記録を残す最も大きな理由は、よりよい介護を行いケアの充実に繋げることです。記録は残すだけでは意味がなく、その記録を活かしてよりよい介護サービスに繋げることが目的です。
そのため電子化することで情報共有や過去の記録の参照が容易となり、よりよい介護の質向上に期待することができます。また、記録は誰かに見られるものだということを意識することも大切です。
普段はあまり古い記録を遡って見るという機会はないかもしれませんが、例えば万が一のトラブルで訴訟などになった際には、過去の記録も大切な証拠や根拠になります。普段から、わかりやすく正しい記録を心がけることで、万が一の際には自分たちを守ることにも繋がります。
電子化の必要性と職員採用について
最近は職員採用の際にも、どのような記録をしているか求職者に聞かれる場合があります。
介護労働安定センターが実施する、「令和4年度 介護労働実態調査」では、介護サービス全体で55.9%、施設系(入所系)では74.7%の事業所が「パソコンで利用者情報(ケアプラン、介護記録等)を共有している」と回答しています。
このように多くの事業所で電子化が進んでいますが、もし今まで勤務していた事業所の記録が電子化されていた場合、手書きの記録の事業所に転職したいと思うでしょうか。
ほとんどの場合は、電子記録から手書きに戻るのは抵抗があると思いますし、特に若い世代ほどこの傾向が強く見られます。したがって、職員採用の観点からも、介護記録の電子化は大きなメリットとなります。
介護記録を電子化するデメリット
介護記録の電子化は、記録の管理を効率化し、情報共有をスムーズにするなど、多くのメリットがあります。しかし、一方でデメリットも存在します。
主なデメリットとしては、
・導入・運用コストがかかる
・介護職員の研修が必要
・記録の流出や紛失、消去してしまうリスクがある
などを挙げることが出来ます。
コストの問題や運用方法の難しさなど、課題を理解して適切に対応することで、介護記録の電子化は介護業務の質と効率を向上させる有力な手段となり得ます。次に、介護記録を電子化する具体的なデメリットについて見ていきましょう。
導入・運用コストがかかる
介護記録を電子化するためには入力するためのパソコンやタブレットなどの機器が必要です。多くの職員が一斉に記録を取ろうとすると、その職員と同じだけの端末が必要となりますので、機器導入のコストが必要になり、紙の記録にはないデメリットと言えます。
システムによっては端末ごとに契約(使用のためのライセンス)が必要な場合もあるので、運用のためのコストがかかってしまいます。システムによっては、台数に制限なく利用が可能なものなどもあるので運用コストと使い勝手を慎重に検討するとよいでしょう。
また、タブレットやノートパソコンの場合、持ち運ぶことがあるため落として壊してしまったり、水に濡れて故障してしまったりすることもあるので使用方法について十分に各職員に注意を促すことも必要です。
介護職員の研修が必要
介護現場では若い職員から年配の職員まで、幅広い職員が働いています。特に年配のスタッフの中には、スマートフォンやタブレット、パソコンなどの電子機器に慣れていない人もいるかもしれません。そのため、操作方法を覚えるのに時間がかかる場合があります。
介護システムには多くの機能が搭載されているので、自分が覚えている画面と違うだけで操作ができない職員も出てくるかもしれません。操作の簡単なシステムを選択することや、詳細なマニュアル・手順をつくるなど、特に慣れるまでは頻繁に勉強会や研修会を開いたりすることも必要になるでしょう。
記録の流出や紛失、消去してしまうリスクがある
介護記録の電子化は効率性と利便性をもたらしますが、それに伴い記録の流出、紛失、誤消去といったリスクも増えます。インターネット接続があればどこからでもアクセス可能な介護システムも存在し、職員が自宅からアクセスした場合、個人情報が漏洩する可能性があります。
施設内のパソコンにはセキュリティソフトが導入されていることが多いですが、個人のパソコンには必ずしも導入されていない場合もあります。
また、USBメモリなどを用いて記録を外部に持ち出すリスクも存在します。紙の記録でも同様のリスクはありますが、電子化された記録は容易に大量に持ち出すことが可能で、紛失した場合の影響は大きくなります。さらに、誤ってデータを消去してしまうリスクもあります。
紙の記録では、誤って全てをシュレッダーにかけるという事態は考えにくいですが、電子データは一瞬で消えてしまう可能性があります。
これらのリスクを防ぐためには、施設内で情報の取り扱いについてのルールを明確にし、それを遵守することが重要です。
そしてハードディスクやサーバーの故障によりデータが取り出せなくなってしまうということも想定しなくてはいけません。定期的なバックアップを取ることや、外部のサーバーを利用するなど事前の対策が必要です。
介護記録の電子化を成功させるためのポイント
介護記録の電子化を成功させるためには、いくつかの重要なポイントが存在します。介護記録は、介護施設の運営において、日々の業務で全ての職員が頻繁に使用するものです。
そのため、特別な技術を必要としたり、特定の人だけが使いこなせるようなシステムでは、全体の業務効率が向上しない、といった影響を及ぼす可能性があります。適切で使いやすく、全ての職員が無理なく利用できるようなシステムを選択することが電子化を成功させるための大切な要素となります。
介護記録の電子化を成功させるための具体的なポイントについて、以下で詳しく見ていきましょう。
ITスキルのある職員を確保する
介護記録の電子化を実現するためには、介護システムの操作に熟練した職員が不可欠です。そのため、ITスキルを持つ新たな職員を採用するか、既存の職員の中からパソコンやその他の電子機器に詳しい人材を選び、電子化の推進役として活躍してもらうことが望ましいでしょう。
特に、介護システムを初めて導入した段階では、メーカーや代理店から詳しい指導を受けることができますが、システムに慣れてくると、施設内や事業所内での困り事を自力で解決しなければならない状況が増えてきます。
そのため、介護技術や知識とは異なるITスキルを持つ職員を、IT導入のリーダーとして立てることも一つの有効な手段となるでしょう。
介護記録システムの導入計画を立てる
介護記録システムの導入計画を立てるためには、以下のステップを考慮することが重要です。
現状の分析
業務のどの部分を電子化するかを明確にします。例えば、日々の記録は電子化するが加算のチェックは紙のまま残すなど、具体的にひとつずつ見ていくとよいでしょう。
システムの選定
介護記録システムも様々なものがあります。1つだけを見て決めるのではなく、複数のシステムを比較するとよいでしょう。介護施設の実情に合ったシステムを選ぶことが重要です。また、スタッフのITスキルやシステムの使いやすさも考慮して選ぶようにします。
スタッフの研修
全ての職員が利用できるように、システムの適切な利用方法を理解させます。特に、紙では必要がないバックアップやセキュリティ対策など、電子化によって起こる問題を全体で認識しておくとよいでしょう。マニュアルも準備しておくと、手順に迷った時に確認することができます。
施設に合った介護記録システムを選ぶ
介護記録システムを施設に適した形で導入するためには、いくつかの重要なポイントを考慮する必要があります。
まず、施設の規模や提供するサービスの種類によって、最適なシステムを選択します。施設系のサービスでは、施設内での業務が主となるため、施設内で完結するシステムが適しています。
一方、訪問系の介護サービスでは、外部からも記録にアクセスすることが必要となるため、そのような機能を持つシステムが求められます。
各介護システムはそれぞれ得意とする分野があり、施設系に強みを持つシステムや訪問系に特化したシステムなど、各社が独自の特色を持ったシステムを提供しています。 そして、システム選定において最も重要なことは、アフターフォロー体制が整っているかどうかです。
介護システムの主な目的の一つに請求業務がありますが、保険請求の時期にアフターフォローが十分に行われていない会社も存在します。そのため、コストや使い勝手と同じくらいアフターフォロー体制の充実度を考慮して介護システムを選択することが重要です。
なお、介護システムは毎日使用するものなので、日々情報が蓄積されていきます。そのため、安易に他のシステムに乗り換えることが難しいことも考慮して、慎重に介護システムを選択したいものです。
介護職員への研修
介護システム導入に伴う介護職員への研修は、システムを効果的に活用するために重要です。まず、システムの基本的な操作方法を理解することから始めます。
次に、具体的な業務フローに沿ったシステムの利用方法を学びます。また、情報漏洩防止のためのセキュリティ対策や、トラブル発生時の対応方法についても研修します。
さらに、定期的なフォローアップ研修を行い、新機能の追加やシステムのアップデートに対応します。これらの研修を通じて、職員一人ひとりがシステムを適切に操作できるようになることが、介護記録の電子化を成功させるためのポイントになります。
まとめ
以前は介護システムもそれほどたくさんの種類はありませんでしたが、最近では各社から数多くの介護記録システムが販売されています。機能は少ないけれど安価なもの、高額だけど機能的に優れているものなど、様々です。
どの介護システムが自分たちの事業所に適しているかは、現場の職員が一番よくわかると思います。介護記録は現場の職員が日々入力するものになるので、押し付けられたシステムより、自分たちが選んだシステムの方が導入がスムーズに進むかもしれません。
そのため可能であれば、複数のシステムをテスト(トライアル)するとよいでしょう。無料お試し期間が設定されているシステムも少なくありません。
介護記録は電子化することが目的な訳ではなく、電子化したものをどのように業務効率や質の向上に役立てるかが大切です。迷ったときには、既に介護記録を電子化している施設を見学することなども有効かもしれません。
これから介護記録システムの導入を検討されている場合には、本記事の内容をぜひ参考にしてみてください。
この記事の執筆者 | 伊藤 所有資格:社会福祉施設長認定講習終了・福祉用具専門相談員・介護事務管理士 20年以上、介護・医療系の事務に従事。 デイサービス施設長や介護老人施設事務長、特別養護老人ホーム施設長を経験し独立。 現在は複数の介護事業所の経営/運営支援をしている。 |
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