転倒事故や転落事故、誤薬や誤嚥など、介護現場にはさまざまな介護事故が存在します。利用者や入居者の安全を確保するために、これらの介護事故は極力防止したいですよね。
この記事では「介護事故の防止に役立つ考え方を知りたい」とお考えの介護職や現場リーダーの方に向けて、ハインリッヒの法則の意味や重要性を紹介します。
ハインリッヒの法則と後述するヒヤリハット報告書を活用することで、現場の体制にあわせた対策をたてられるはずです。
介護現場でヒヤリハットが起きる原因や対策法も紹介しますので、ぜひご参考にしてみてください。
目次
ハインリッヒの法則とは
ハインリッヒの法則とは、
「同じ人間が起こした330件の事故に1件の重大事故があった場合、その裏では29件の軽傷事故と300件の無傷害事故が起こっている」
と捉える法則です。さらに、300件の無傷害事故の裏には、数百数千の安全とはいえない行動が隠れているとハインリッヒの法則では考えます。
ハインリッヒの法則は、アメリカの損害保険会社の安全技師であったハインリッヒが、労働災害調査をもとに確認した経験法則です。この法則の重要なポイントは、重大事故と安全とはいえない行動の関係性です。
「330件の事故が発生したら、そのうち1件は重大事故になる」という確率の問題をいっているのではなく、1つの重大事故の背景には、数百以上の安全とはいえない行動が存在しているのです。
ハインリッヒの法則では、安全とはいえない行動の1つあるいは複数が重大事故の原因になり得るということを示唆しています。裏を返せば、1つの行動を改善することで、330件の事故を防止できる可能性があるのです。
ハインリッヒの法則が介護事故防止に役立つ理由
ハインリッヒの法則は、介護や医療の現場で「ヒヤリハットの法則」と呼ばれることもあります。これは、ハインリッヒの法則が、現場職員が思わずヒヤリとした経験やハッとした経験を事故防止に生かせる考え方だからです。
たとえば、「Aさんが歩行器を使用せずに歩いていた」というヒヤリハットをもとに「なぜ歩行器を使用せずに歩いたのか」「歩行器を使用してもらうためにはどうすればよいか」などと検討することで、転倒事故の防止策を考えるわけです。
介護現場では、介護事故には至らないものの、さまざまなヒヤリハットが起こりますよね。1件のヒヤリハットに対して適切な対処法を考えて実施することで、その後の重大事故の防止に結びつけられます。
介護現場でヒヤリハットが起こる原因
ここで、介護現場でヒヤリハットが起こる原因について考えてみましょう。具体的な原因には、以下のようなケースが考えられます。
・環境整備の不徹底
・現場の情報共有不足
・職員の個人的な要因
環境整備の不徹底
利用者が移動するフロアや居室の環境整備が徹底されていない場合、ヒヤリハットが起きやすくなります。
たとえば、フロアに障害物となる物品があったり床が水や食べ物で汚れていたりすると、転倒事故の発生要因となります。この場合は、日頃から整理整頓や清掃を行うことが対処法に挙げられます。
また、居室やフロアの室温・湿度に気をくばることも大切です。高齢者は、急激な温度変化にさらされると体調を崩しやすくなります。「ヒートショック」を起こすと最悪の事態につながりかねないため、日頃からの環境整備が重要です。
環境整備を徹底するポイントが以下の内容です。
・現場職員に環境整備の重要性や、やり方を伝える
・整理整頓や清掃を行う時間帯を設ける(デイサービスの就業後や入居施設の夜間帯など)
・温湿度計を目の届く場所に設置する
現場の情報共有不足
利用者の基本情報や変更などの情報が共有されていない場合もヒヤリハットが起きやすくなります。利用者が退院してサービスを再開する例をみてみましょう。
・事例
利用者Aは、体調を崩してB病院に入院していた。
入院治療を受けた結果、Aの体調は快方に向かい、このたびB病院を退院、介護施設の利用を再開する流れとなった。
入院中、Aには睡眠導入剤が処方された。これは夜眠れないとAが訴えたことが主な理由である。退院後もAは睡眠導入剤の処方を希望され、退院後の自宅でも服用していた。
介護職員の間で上記の情報が共有されていた場合、サービス利用中のAの覚醒状態や歩行状態に注意できるようになります。
日中に眠気を感じているようなら、立ち上がりや歩行の際に介助を申し出たり昼食後に臥床を促したりといった対処法がとれるようになります。
一方、情報共有が不足していると、現場職員は十分な見守りや介助が困難になります。なぜなら、現場職員は複数の利用者に対して見守りや介助を行っているからです。結果的に、ヒヤリハットや事故につながりかねないのです。
現場の情報共有が不足している場合、介護事故の発生防止や利用者の安全確保への取り組みが不十分となるおそれがあります。
職員の個人的な要因
職員の気のゆるみや焦りといった個人的な要因によっても、ヒヤリハットは起きやすくなります。気のゆるみや焦りは、普段なら欠かさず行っていた業務を忘れたり別の業務に気をとられたりする要因となります。
こうした要因は、日々の介護業務やイレギュラーなシフト勤務により疲れがたまっている場合に起きやすくなります。本人に自覚がないケースも少なくないため、現場管理者や責任者を中心に職員の様子に注意する必要があるでしょう。
ヒヤリハットを活用して介護事故を防ぐ仕組みづくり
では、介護事故の発生はどのように防いでいけばよいのでしょうか。ヒヤリハットを活用した事故防止策の取り組みを3つのステップにわけて解説します。
ステップ1.ヒヤリハット報告書を書く
ヒヤリハットを活用するためには、ヒヤリハットを経験した職員が報告書を書く必要があります。ヒヤリハット報告書を作成することで、ヒヤリハットの内容を職員間で効率的に共有できるようになるからです。
また、ヒヤリハットを経験した職員がヒヤリハット報告書を作成すると、
「なぜヒヤリハットが起きたのか」
「このヒヤリがどのような事故につながる可能性があるか」
「具体的にどうしたらヒヤリハットを防げるか」
といった視点を持てるようになります。
そのため、できればヒヤリハットを経験した当日に報告書を作成するのがおすすめです。当日に作成できない場合でも、できるだけ時間を置かないで作成してもらいましょう。その方が、現場の詳細な内容を思い出せるはずです。
ステップ2.ヒヤリハット報告書をもとに職員間で対策を検討する
続いて、ヒヤリハット報告書の内容をもとに、職員間で具体的な対策を検討しましょう。報告書に書かれたヒヤリハットの原因や想定される介護事故をミーティングなどで話し合います。
ここでは、報告書を作成した職員以外からの意見をよく聞くことが大切です。できれば、会議の内容を記録する書記や司会進行を担当する職員を置いて、有意義な話し合いができる環境に整えましょう。
ヒヤリハットの原因や想定される介護事故について話がまとまったら、具体的な対策を考えます。
あくまで一例ですが、「利用者に手渡す前に、薬の名前が間違っていることに気づいた」といった服薬に関するヒヤリハットの場合、薬の保管方法や服薬介助時の現場の体制などに原因があると考えられます。
仮に、服薬介助を職員1人で行っている現場でこうしたヒヤリハットが起きたなら、服薬介助は必ず職員2名によるダブルチェックを実施するといった対策が効果的です。
ここまでの内容をまとめると以下の流れになります。
1.ヒヤリハットの発生
2.職員がヒヤリハット報告書を作成する
3.ヒヤリハット報告書をもとに職員間で話し合いを行う
4.ヒヤリハットの原因や対策について意見を出し合う
5.対策がまとまったら現場で実施する
6.後日、対策の内容を評価する
現場の体制にあった対策をたてて、事故防止に努めていきましょう。
ステップ3.職員間でヒヤリハット事例を検証する
全体ミーティングや研修会といった異なる部門の職員が集まる場面で、ヒヤリハット事例を検証する方法も効果的です。
働く現場が異なる職員同士で同じ事例を検討することで、いつもと違う視点からアドバイスや意見をもらえます。「この事例はうちの介護現場でも起きそうだから気をつけよう」といった注意喚起にもなるでしょう。
なお、24時間体制でシフトを組んでいる入居施設、職員が訪問に出ている訪問介護事業所では、職員全員が集まるのが困難なケースもあります。その場合は、ヒヤリハット報告書を職員全員が共有できる仕組みをつくれないか検討してみましょう。
ヒヤリハット報告書と議事録をファイリングして、欠席した職員がいつでも読めるようにする方法はおすすめです。報告書をPDFやWordファイルに変換して、デジタルデータで保存・共有するのもよいでしょう。
個人情報保護の取扱いに十分気をつける必要はあるものの、異なる部署間でヒヤリハットを共有する方法は介護事故防止につながる取り組みの1つです。
ヒヤリハット報告書の書き方のポイント
ヒヤリハット報告書の書き方のポイントは、5W1Hを記載することです。
5W1Hが記載された報告書を参考にすると「いつ、どこで、誰が、何をした」そして「何が原因で、対策は何が考えられるか」を明確にできます。その後の検討が有意義に進むでしょう。
・日時(When)
・場所(Where)
・対象者(Who)
・何が(What)
・原因(Why)
・対策(How)
なお、ヒヤリハット報告書の詳細な内容を確認したい方は以下の記事をご覧ください。
まとめ
ハインリッヒの法則とは、
「同じ人間が起こした330件の事故に1件の重大事故があった場合、その裏では29件の軽傷事故と300件の無傷害事故が起きている」
と捉える経験法則です。
そして、300件の無傷害事故の裏には、数百数千の安全とはいえない行動があると考えられています。裏を返せば、1つの安全とはいえない行動を改善することで、傷害事故や重大事故を防止できる可能性があるのです。
「安全とはいえない行動」は、介護現場のヒヤリハット報告書によって見つけ出せます。「なぜヒヤリハットが起きたのか」を考えて具体的な対策を練り業務改善につなげていきましょう。
利用者や入居者が安心して過ごせる暮らしを守るために、ここまで紹介したようなヒヤリハット報告書の活用を検討してみてください。利用者にとって安全で快適な介護サービスを提供して、地域から選ばれるような介護施設をつくりあげましょう。
当サイトにはヒヤリハットや介護現場の危険予知に関連した記事を他にも掲載しています。合わせてご覧ください。
・介護現場のヒヤリハット報告書の書き方を事例でわかりやすく解説!
ヒヤリハットの目的や実際の報告書の書き方を事例とともに紹介し、その重要性についても解説。
・介護現場のヒヤリハット事例集【10事例】介護事故を防止するために
実際に起こった介護現場のヒヤリハット事例を10例ピックアップし、それぞれの事例から学ぶべき教訓と対策を探ります。
・介護施設における危険予知トレーニング(KYT)とは?どんな効果が期待できる?
介護施設における危険予知訓練の重要性や効果、具体的な方法、注意点などを解説。
この記事の執筆者 | 千葉拓未 所有資格:社会福祉士・介護福祉士・初任者研修(ホームヘルパー2級) 専門学校卒業後、「社会福祉士」資格を取得。 以後、高齢者デイサービスや特別養護老人ホームなどの介護施設を渡り歩き、約13年間介護畑に従事する。 生活相談員として5年間の勤務実績あり。 利用者とご家族の両方の課題解決に尽力。 現在は、介護現場で培った経験と知識を生かし、 Webライターとして活躍している。 |
---|