近年、介護の現場で「科学的介護情報システム(Long-term care Information system For Evidence:LIFE)」や「科学的介護推進体制加算」など、科学的介護という言葉を耳にする機会が増えてきています。
しかし、介護の現場に携わりながらも、科学的介護とは具体的にどういった介護なのか、従来行われてきた介護とどのように違いがあるのかなど、当惑している方もいるのではないでしょうか。この記事では、これまで行われてきた従来の介護と科学的介護ではどのような違いがあるのか、科学的介護を行う上でのメリットやデメリットなどを解説していきます。
目次
科学的介護とは?
「科学的介護」とは、要介護者に向けた自立支援や重度化防止を目的に質の高い介護支援を行うために、科学的な裏付け(エビデンス)に基づく介護のことを指します。
従来の介護とは
介護保険制度は、単に介護を必要とする高齢者の身の回りの世話をするというだけでなく、高齢者の尊厳を保持し、自立した日常生活を支援し、要介護状態の軽減や悪化の防止を目指す制度として開始されました。
従来行われてきた介護としては、利用者の自立支援や重度化防止のために、介護事業所や介護職員がそれぞれの経験や考え方により独自の工夫を行っていました。しかし、
・どのような状態の人に
・どのような支援を行えば
・どのような効果やリスクがあるのか
といったことに、客観的な情報が乏しく、事業所や介護職員によって支援方法が異なるといった課題がみられることがありました。
また、良い介護支援をしていたとしても、それらの支援の効果などが科学的な検証に十分裏付けされているとは言えず、それらの取り組みを再現するのが難しいことも懸念されていました。
科学的介護が始まった背景
2025年には団塊の世代が75歳以上となり、75歳以上の人口や総人口に占める人口比は2040年以降まで増え続けると見込まれています。そのような中で、介護サービスの需要は大きく増加することが見込まれており、制度の持続可能性を確保できるよう、介護に携わる職員の働き方の改革と利用者に対するサービスの質の向上を両立できる、新たな介護のあり方が求められるようになりました。
医療現場をみてみると、この疾患を疑う時にどんな検査をすればよいか、A薬とB薬どちらが効果があるかなど、これまで蓄積された研究や治療の積み重ねを基に、その患者への適応の妥当性を評価するといったEBM(Evidence-Based Medicine)と言われる「根拠に基づいた医療」が治療方針を決定する際に用いられています。
そこで介護現場で従来行われてきた介護の課題を解決するため、医療と同様にデータを収集し分析することで、利用者の状態に適した支援を提供できるよう、科学的に研究を進めていき、エビデンスを蓄積し活用していくことが必要とされました。
科学的介護情報システム「LIFE」について
厚生労働省は、科学的な裏付けに基づく介護の実践に向けて、まずは平成29年にVISIT(monitoring& eValuation for rehabIlitation ServIces for long-Term care)の運用を開始し、通所・訪問リハビリテーション事業所からリハビリテーションの情報を収集しました。
その後、令和2年にはCHASE(Care, HeAlth Status & Events)の運用を開始し、全ての介護サービスを対象として高齢者の状態やケアの内容等の情報を収集しました。そして、令和3年にVISITとCHASEが統合され、科学的介護情報システム「LIFE」の運用が開始されることとなりました。
科学的介護情報システム「LIFE」により、収集・蓄積されたデータは、厚生労働省によって分析フィードバック情報として介護事業所に提供されます。介護事業所では行っている取り組みの効果や課題の把握、ケア計画の見直しの分析に活用することができます。
LIFEにデータが蓄積され、分析が進むことで、エビデンスに基づいた質の高い介護の実施に繋がることが期待されます。
引用:ケアの質の向上に向けた科学的介護情報システム(LIFE)利活用の手引き 令和6年度介護報酬改定 対応版
科学的介護推進体制加算とは
科学的介護推進体制加算とは、科学的介護の取り組みを推進するための加算です。介護事業所で利用者に関連するデータ(ADLや栄養状態、口腔・嚥下機能、認知症など)を厚生労働省に提出し、データ解析によるフィードバックを受けて、フィードバック情報を利用者の介護に活用し、サービスの質の向上を図ることを目的としています。
科学的介護推進体制加算については、次の記事に詳しく掲載しています。
科学的介護によるメリット
科学的介護がもたらすメリットをご紹介します。
LIFEに蓄積されたデータ活用により介護の質が向上する
LIFEでは、全国の介護サービス利用者の状態やケアの計画・内容についてのデータを基に、各介護事業所へフィードバックが提供されます。各介護事業所は、提供されたフィードバックデータを参考にしながら、担当する利用者のケアの計画や内容について見直しを行っていきます。
各介護事業所は、定期的に提供されるフィードバックデータに基づき、実施する支援を見直し、継続的に改善していく、
PDCA(Plan「計画」→Do「実行」→Check「評価」→Action「改善」)サイクル
に沿った介護が行いやすくなります。
蓄積されたデータや科学的根拠に基づく介護の実践を行うことで、質の高い介護の提供やケアの標準化に繋がることが期待されます。
職員が共通意識を持つことができる
LIFEでは、厚生労働省に提出するための帳票や、提供されるフィードバックから、利用者に関する様々な情報が数値化されたり、全国平均との比較が可視化できるようになります。介護職員それぞれの感覚に頼ることなく、数値化や可視化された情報を共有することで、利用者の状態や課題などに対して共通意識を持ちやすくなります。
利用者の自立支援・重度化防止につながる
LIFEにより、各介護事業所の利用者それぞれの状態について、数値による客観的な評価をフィードバック情報として提供されます。それぞれの利用者の特徴にあわせて、フィードバックデータを参考にしながら、多職種連携で個別ニーズに合わせたケアを検討し、取り組むべき「課題」や、伸ばすべき「強み・改善点」が見えてくることで、利用者の自立支援や重度化防止により一層繋げることができます。
多角的な視点で支援方法を検討できる
利用者の筋力が低下し立ち上がり動作に介助量が増してきたとすると、従来の介護の現場では、
「筋力の低下により立ち上がり動作の介助量が増してきた。そのため、機能訓練を増やしましょう。」
といったケアの計画が立案されることもありました。
LIFEでは、利用者に関する口腔状態やリハビリテーション、栄養状態などの多角的な情報のフィードバックが提供されます。そのため、フィードバック情報から、立ち上がり動作の介助量が増えていることと共に、食事量の減少に伴い栄養状態の低下がみられる、といったことがわかるようになります。
そうしたLIFEからフィードバックされるデータを基に、
「立ち上がり動作の介助量が増えてきたことは、食事量が低下することで栄養状態の低下があることも原因となっている可能性がある。まずは食事に関する支援計画により食事量の増加を図り、栄養状態の改善がみられてから、機能訓練を行いましょう。」
といったケア計画が提供出来るようになります。
科学的介護推進体制加算が算定できる
科学的介護推進体制加算を算定することで、事業所の収益の向上に繋がります。また介護施設や事業所によって異なりますが、LIFEに関連する加算には次のような加算などがあります。
・個別機能訓練加算やADL維持等加算
・リハビリテーションマネジメント加算
・褥瘡マネジメント加算
・排せつ支援加算
・自立支援促進加算
・栄養マネジメント強化加算
・口腔衛生管理加算
現在の介護報酬制度の構造上、基本報酬だけで経営を進めていくことは難しいといえるでしょう。LIFEに関連する加算などを取得していくことで、職員の処遇を上げることや、現場へ投資することで利用者へも還元されるなど、好循環を生み出すきっかけとなることも期待されます。
引用:ケアの質の向上に向けた科学的介護情報システム(LIFE)利活用の手引き 令和6年度介護報酬改定 対応版
科学的介護によるデメリット
科学的介護を導入する場合、デメリットもあります。導入をスムーズに進めていくためには、デメリットも理解し必要な対策を考慮しておくことが大切といえます。
データ入力などが業務負担になる
科学的介護はそれぞれの加算に関わる帳票を入力し、厚生労働省にデータを提出しなければなりません。元々の介護支援などの業務に加えて、利用者一人ひとりの評価を行い、帳票を入力するとなると業務の負担が増すことになります。
また、LIFEを導入していない介護事業所では、ICT環境が整っていない場合、LIFEが導入できるようICT環境を整える準備が必要となります。
加算算定が利用者の負担になる
科学的介護を活用し加算算定を行うことで、根拠に基づいた介護を提供できるメリットはあるものの、各加算を算定していくことで利用者の経済的負担は増すことになります。各介護事業所が科学的介護に取り組むことで、利用者へどのようなメリットがあるかをしっかりと伝えていくことが必要になります。
データ提出からフィードバック提供までに時間がかかる
LIFEに利用者のデータを提出し、フィードバックデータが提供されるまで2〜3ヶ月程がかかります。利用者の状態が急変する場合など、即座にケア計画の変更が求められる場合などには、LIFEのフィードバック情報は活用し難いといった課題があります。
(参考 LIFEのフィードバック見直しイメージ)
引用:厚生労働省 老健局 令和6年度介護報酬改定における改定事項について
まとめ
令和6年度介護報酬改定で、「新LIFEシステム」が稼働することとなりました。提供されるフィードバックデータについて、これまではExcelデータで確認していましたが、インターネットブラウザ上で確認できることとなり、操作しやすさや見やすさが向上すると言われています。
介護サービス事業所にとっては、これまでよりフィードバックデータを活用しやすくなると思われます。また、これまでのフィードバックデータは自事業所と全国平均とを比較するような内容が多かったですが、年々データが蓄積されていくことで、今後のフィードバックデータの精度の向上も期待されます。
科学的介護は手間がかかることや仕組みの複雑さなど、普及し難い側面はあるものの、今や半数以上の介護事業所がLIFE関連加算の算定をしています。令和3年にLIFEが開始された当初は、どのように導入するかが課題でありましたが、今となれば「どう活用するか」ということが課題に変わってきています。
介護保険制度の中では、必要不可欠となり得る「科学的介護」なので、上手く活用できるよう各介護事業所でも取組を進めていく必要があるのではないでしょうか。
この記事の執筆者 | こまさん 所有資格:作業療法士 経歴:作業療法士として医療分野では病院でのリハビリテーション業務に従事、介護分野では訪問リハビリテーション事業所を経て、現在は特別養護老人ホームの機能訓練指導員として従事。 入居者へ多職種で行う機能訓練の提供や、介護士への介護技術指導、LIFEや介護報酬改定に関わる業務などを担っている。 |