介護施設では、高齢者の生活を支えるために多くの職員が携わっています。介護が必要な高齢者をケアするため、介護に携わる職員が心身ともに健康な状態であることが非常に重要です。働きやすくやりがいのある職場環境は従業員のモチベーションや仕事への意欲を向上させ、結果としてサービスの質の向上につながります。
働きやすく、やりがいのある職場環境は、単に適切な業務環境や労働条件だけでなく、円滑なコミュニケーションも不可欠です。チームワークや情報共有が確立され、職員が協力して業務に取り組むことができる環境が理想的で、これにより職員の離職防止などにも寄与することが期待されます。
ここでは、介護現場における職場環境や心理的安全性の重要性に焦点を当て、その向上を促進する方法について事例を上げて解説します。是非、今後の事業所運営の参考にしてみてください。
目次
心理的安全性とは
心理的安全性は、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、チーム内の人間関係の中で、リスクを取っても大丈夫であるとチーム全体に浸透している状態、すなわち安心感があって個人の意見が尊重される環境を示します。
日本語にも訳されているエドモンドソン教授の『恐れのない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』の中では以下のようにも書かれています。
心理的に安全な職場では、「対人関係の」不安に人々が悩まされることはない。
Googleでは、生産性を調査するプロジェクト・アリストテレスで、生産性が高いチーム、低いチームを調べたところ、心理的安全性が高く、みんなが平等に発言できる職場環境のチームの生産性が高いことがわかったそうです。
ここで面白いのは、成功するチームは何をやっても成功し、失敗するチームは何をやっても失敗するという傾向が見えたということで、職場環境が各人の成果にまで影響していることは、世界から優秀な人材が集まるGoogleでも職場の雰囲気がいかに大切かということを表した事例になっています。
心理的安全性が高い職場の特徴
心理的安全性が高い職場の特徴の一例は以下の通りです。
従業員は自分の考えや感情を自由に表現できる
職場において、上司や部下の立場の違いがあっても、お互いが遠慮なく意見や思いを伝えることで、生産性が向上し成果が生まれることが分かっています。
誤りを指摘したり成果を称賛したりすることができる
年齢や経歴、職位に拘らず、誤りを指摘したり成果を共有できる職場が、心理的安全性の高い職場とされています。これにより、チームの結束力やパフォーマンスが向上するとされています。
フラットな組織文化や各職種がお互いの役割を確実に果たしている
仕事では、各職種や立場によって求められる役割や責任が異なります。心理的安全性があると、各職種は自信を持って自分の役割を果たせるため、全体の生産性や効率が向上します。
このような心理的安全性が高い職場では、チーム全体が協力し合う雰囲気があり、創造性や生産性が向上すると言われています。
心理的安全性が低い職場の特徴
心理的安全性が低い職場の典型的な特徴は以下の通りです。
意見交換が少ない
会議で限られた人しか発言せず、上司が話すと他の人が何も言えないなど、組織文化がフラットでない職場は、心理的安全性が低い傾向があります。
報告、連絡、相談がない
チームで協力して仕事を進めることが一般的ですが、心理的安全性が低い職場ではお互いの業務についての報告、連絡、相談が不足しています。これにより業務の円滑な進行が妨げられます。
挑戦することに否定的
新しい取り組みに否定的な雰囲気が広がる職場は、心理的安全性が低い傾向があります。誰もが変化を嫌うことはないが、挑戦を避ける風潮があると、イノベーションが生まれず、組織が停滞してしまいます。
これらの特徴が重なると、職場全体の雰囲気が悪化し、モチベーションや業績に悪影響を与える可能性があります。
心理的安全性を損なう4つの不安とは
心理的安全性がある環境とは、各従業員が自分の意見や考えを自由に言い合える環境のことを指します。このような環境では、従業員は自分の意見を恐れずに表現でき、新しいアイデアを提案することが可能となります。
また、問題が発生した場合でもそれを共有し、解決策を見つけるための議論を行うことができます。これにより、従業員は安心して議論や仕事を進めることができ、結果として成果が出やすく、働きやすい職場環境がつくられます。
一方で、心理的安全性が低い環境では、従業員は自分の意見を表現することを恐れ、新しいアイデアを提案することをためらう可能性があります。また、問題が発生した場合でも、それを共有することを避け、解決策を見つけるための議論を行うことが難しくなります。これにより、従業員のストレスが増加し、仕事の効率や成果が低下する可能性があります。
心理的安全性が低いとどのような問題が起こるのでしょうか。心理的安全性を損なう、4つの不安について見ていきます。
無知だと思われる不安
小さな子どもは、自分が知らないことを恥ずかしがったりはしません。誰にでもわからないことは聞きますし、授業で分かっていなくても大きな声を出して手を挙げたりしませんでしたか?
大人になると、他人から無知だと思われることに不安を覚えます。そのため、新しいことに挑戦することや学ぶことをためらい、成長を止めてしまうことで向上心や発展が妨げられます。
このような不安は、意見や質問を遠慮させコミュニケーションが阻害される可能性もあります。心理的安全性を考えるうえでは、無知や調整を受け入れて、質問できる風通しのよい環境や学びを奨励する文化が必要になります。
無能だと思われる不安
自分の能力に自信がなく無能だと感じることは、自尊心や自己肯定感を下げてしまう可能性があります。また同時に、自分が他者からの評価や期待に対する恐怖にも繋がる場合があるため、無能だと思われる不安は心理的安全性を損なう可能性があります。
介護現場では職員に自己評価を書いてもらう機会があると思いますが、これまでの経験ですが自己評価を見ていると幾つかの傾向が見られるように感じます。
・全ての自己評価が高評価
・全ての自己評価が低評価
・しっかりと各項目ごとに優劣のある評価
・全ての自己評価が真ん中(5段階の3など)
どのような自己評価がよいかは、管理者の考えがあるとは思いますが、全ての自己評価がキレイに真ん中でつけてくる職員は、概ねあまりやる気が見られない職員のような気がします。
一方、自己評価の低い職員は、自信がないのか自己肯定感が低いのかそれぞれですが、十分なフォローが必要な場合が多いと感じます。
邪魔をしていると思われる不安
誰でも仕事するうえで、他人の邪魔をしたくないと思うものです。もし自分の発言で、会議が長引いてしまったらと考えたり、自分の知識不足や経験不足で誰かに迷惑をかけたらと考えると、わからないことを聞けなかったり意見を言えなくなってしまいます。
過去に、比較的短期間で辞めた職員に対して、「なんで辞めたいのか教えてもらえないだろうか。」と聞いた際に、『わからないことを聞きにくかった』と言われたことがあります。これは、心理的安全性が低いことが原因だったと反省させられる事例です。
ネガティブだと思われる不安
「ネガティブな人」と「慎重な人」は同じような意味でも、ネガティブは受け取り方によって悪い印象を与えてしまいます。自分の意見がネガティブに受け捉えてしまう心配があると、思ったことを言えなかったり意見を押し殺してしまったりするようになります。
心理的安全性が高い職場では、ネガティブな意見に対しても尊重と理解がされますが、心理的安全性が低い職場では、そのような不安から声を上げられない雰囲気となってしまいます。
介護現場に求められる心理的安全性とは
介護の仕事は責任感や倫理観、専門性が伴い、チームワークが不可欠です。そのため、個人個人が意見を言いやすい環境や、コミュニケーションが取れている環境が介護現場に求められる心理的安全性が高い職場ではないでしょうか。
心理的安全性が高い職場は、結果的にケアの質の向上にも繋がり、入所者、利用者の満足や安心安全にも繋がっていきます。また、離職率が低くなるなどのメリットもあります。
以前、役所の監査を受けた際にヒヤリハットや事故報告の枚数について確認された際に、私の施設ではかなり細かいことでも書類をあげる習慣があり、そのことについてとてもよいことだと言われたことがあります。
小さなミスやヒヤリハット、気付きなどについても隠すことなく共有できる職場環境は、介護施設の心理的安全性として大切なポイントです。
定着率が良い介護施設の特徴・共通点とは
定着率が良い介護施設は、職員が働きやすくて風通しがよく、しっかりとした待遇が保証されている環境がある職場ではないでしょうか。介護施設で働くことは決して楽なことではありませんが、それを補うくらい心理的安全性が高くプライドを持って働ける環境は、定着率がよい施設の共通点だと感じます。
では、定着率が高い介護施設はよい施設なのでしょうか。一般的には答えはイエスになると思いますし、定着率が高いイコール働きやすい、やりがいを感じられるなどよい職場環境だと言えそうです。
一方で、経営的に考えた時に定着率が高いことによる弊害はないでしょうか?ほとんどの介護施設は、規模によって収入の上限が決まります。そのため、職員の定着率が高すぎて、昇給によって人件費が高騰し続けると、経営的に厳しくなってくるという場合もあります。
そのように、ベテラン職員が多くて質の高い介護が必ずしも介護報酬に反映されないことは現在の制度の大きな問題点だと感じます。
介護業界では、退職して別の介護施設に転職する職員が多くいて、私も過去に何人もそのような職員を見てきました。その後、風の便りで新しい職場も辞めたという話を聞いたこともあります。
外から見える環境と、実際に中で感じる実情が違う場合もあるので、辞めたいという職員にはそのような経験を話すこともあります。
なぜ、介護業界の人間関係は難しいの?
介護業界は幅広い年代、幅広い経験を持った職員が同じ環境で働いており、その結果として人間関係が難しくなっているという特徴があります。介護現場はストレスも多く、夜勤などで長時間労働となる場合もあり、職員みんなに余裕がないという構造的な問題もあります。
介護現場では、「自分ばっかり忙しい!」とか「Aさんがサボっている!」など、自分と他人を比較して文句をいう職員もいます。チームで働いているという環境から、不平等感を感じやすいという点も介護現場の特徴かもしれません。
今後は今まで以上に、外国人労働者や、介護業界が全くわからない職員にも協力してもらわなければ介護施設を続けていくことができなくなるかもしれません。円滑な人間関係、心理的安全性の高い職場環境はますます求められていくことでしょう。
心理的安全性の高い介護現場を実現するには
以前、知り合いの経営する介護施設が、コロナウイルスの影響から稼働が落ち込み閉鎖しました。そこでは、経営者である管理者の人間性に惹かれてスタッフが働いており、閉鎖が決まった際には職員みんなが自分のことのように悔しがったと言います。
人間関係がよく、働きやすい職場と経営の安定は別の問題ですが、閉鎖が決まっても最後の最後まで付いてきてくれた職員には感謝してもしきれなかっただろうと思います。
心理的安全性の高い介護現場を実現するためには、リーダーシップが最も大切です。リーダーが各職員の声に耳を傾けて、しっかりと一人ひとりの声を聞くことや適切なアドバイスをすることで、職員も安心して働くことが出来ます。
また、コミュニケーションを大切にして、知識や経験がない人でも自分の意見や疑問を遠慮することなく話せる環境も大切です。介護業界に長くいると、世間の常識ではなく「介護施設内の常識」で物事を考えてしまうことがあります。
新人職員や介護業界のことがわからない職員の意見は、もしかすると世間の常識に近いかもしれません。そのような職員がいた場合に、改めてみんなで今のやり方が本当によいのかを考える機会にもなるかもしれません。そうすることでより良い職場、ケアの質の向上に繋がっていきます。
まとめ
ここまで介護現場における心理的安全性の考え方や、介護施設に求められる職場環境についてみてきました。心理的安全性という言葉は、数年前からビジネスの世界で頻繁に目にする機会が増えてきました。
介護現場での心理的安全性は、働く職員の職場環境や定着はもちろんですが、長い目で見れば安定的な経営やケアの質の向上にも繋がっていくものです。一方で誤解をしないで欲しいのが、心理的安全性とはわがままや独善的な行動を許す「何をしても許される環境」ということではありません。
介護現場であれば、利用者や職員のため、そして施設や法人のために心がけるものであるということを意識して、心理的安全性の向上に取り組むことが不可欠です。
この記事の執筆者 | 伊藤 所有資格:社会福祉施設長認定講習終了・福祉用具専門相談員・介護事務管理士 20年以上、介護・医療系の事務に従事。 デイサービス施設長や介護老人施設事務長、特別養護老人ホーム施設長を経験し独立。 現在は複数の介護事業所の経営/運営支援をしている。 |