介護施設では、様々な職種の職員が高齢者を支えるために働いています。
すべての職員が役割を持って働いており、職員の配置は資格や役割、職種ごとに人員配置基準で決められています。
施設の管理者や経営者は、介護の質はもちろんですが、経営面にも気を配らなくてはならないので、人員配置基準はしっかりと覚えておく必要がありますが、介護現場の職員は基準がわからないということも声を聞きます。
介護業界の人手不足は深刻で、他の業界よりも常に求人倍率は高く推移しています。
一方でAIやICTなどの新しい技術が、介護業界にもどんどん入ってきており、人員配置基準も緩和、見直される動きが出てきました。
この記事では介護施設の人員配置基準とはなにか、今後どのように変わっていきそうかを解説します。
ぜひ参考にしてみてください。
目次
介護施設の人員配置基準とは?
介護施設はサービスごとに決められた 人員配置基準があります。
人員配置基準とは、職種ごとにどれくらいの人数が必要かを介護保険法で定めた最低基準で、介護施設で暮らす高齢者や利用する高齢者が安全に安心して介護を受けられるように定められたものです。
利用する介護施設を選ぶ時に、少ない職員しかいない施設と多くの職員がいる施設、どちらが安心でしょうか。
実際には、同じ形態の介護施設であれば大体が同じくらいの職員数が配置されていることが一般的です。
なお、人員配置基準を満たさない場合は、介護施設の指定を受けることが出来ず、継続して人員配置を満たさないと減算(介護報酬の一部を受け取ることができない)や指定の取り消しなどのデメリットがあります。
そのため、一般的には最低限の人員配置基準はどこの施設でも満たしていると考えても大丈夫です。
ただし、有料老人ホーム(住宅型)やサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などは、介護保険の指定を受けた施設ではありませんので、施設によって人員配置が異なります。
入所する施設を選ぶ時や、就職先を選ぶ時は、事前によく注意して見る必要があります。
人員配置基準の「人員」とは
人員配置基準の「人員」とは介護施設に配置することを義務付けられている、職種ごとによって定められた職員数のことです。
例えば、特別養護老人ホームの人員配置基準は職種ごとに以下のように定められています。
・介護職員/看護職員…入所者3名に対して1名
・生活相談員…入所者100名に1名以上
・介護支援専門員/栄養士/機能訓練指導員…1名以上
・管理者…1名
・医師…必要数
一方で、事務員や調理員など具体的な人数は決められていない職種もあります。
施設によって、職員が多くいるように見える施設もあれば職員が少ないように見える施設もあります。
しかし、介護保険の指定を受けている介護施設では、必ず最低基準の人員が配置されています。
なお、介護施設で働く人員は年々集まりにくくなっています。
そのため、地域によっては施設の定員数(ベッド数)をすべて稼働させることができず、一部のベッドを閉鎖して対応しているということも起きており、必要な介護が提供できないという問題も起こっています。
人員配置基準「3対1」とは
人員配置基準の3対1とは、3名の利用者に対して職員を1名以上配置しなさいと決められているルールです。
1名の職員とは、介護職員と看護職員のことを表しており、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、グループホームなどの施設でのルールのことで、その他の職員が多くいても、この基準には関係がありません。
それでは利用者に対して365日24時間、利用者3名に対して職員が1名いるのかというとそういう訳ではありません。
あくまでも1名の職員が一ヶ月で働く時間を1と換算した時に、すべての職員の勤務時間を合計した数と、利用者数の対比が3対1になるように決められたものです。
例えば、ベッド数30名の施設の場合、介護職員と看護職員が10名必要ということになります。
職員1名あたり、週に40時間働く場合、職員10名で400時間働くことになりますが、24時間7日間で168時間あるので、常時約2.4名の職員がいるという計算になります。(400時間/168時間)
実際は、有給休暇や研修、会議などもありますので現場に出ている職員はもっと少ないのが実情です。
多くの施設では忙しい時間帯(入浴の時間や食事の時間など)に職員を多く配置しており、比較的落ち着いた夜間帯などは職員数を少なくして回しているというのが実情です。
なお、独立行政法人福祉医療機構のデータによりますと、2021年度の特別養護老人ホーム経営状況調査では、利用者10人あたりの介護職員数は従来型で4.21名とされており2.3名の利用者に対して1名の介護職員が配置されているという計算になっているので、実際には基準より多くの職員が配置されているということがわかります。
(参考:2021年度(令和3年度)特別養護老人ホームの経営状況について)
介護施設の人員配置基準の緩和の動き
介護保険制度が始まった頃から、人員配置基準は大きく変わらず今に至っています。
しかしここにきて人員配置基準の緩和を検討する動きが出てきています。
令和4年12月の全世代型社会保障構築本部では、
「実証事業などでのエビデンス等を踏まえつつ、テクノロジー導入に先進的に取り組む職員配置基準(3:1)の柔軟な取り扱い等を検討」
という取り組みが検討されています。
つまり今後の国の方針として、実証実験などから特に問題がなければ職員配置を柔軟に変更していく可能性があること、具体的には緩和していくことが示されています。
令和3年の介護報酬改定において、テクノロジーを活用することで夜勤職員の配置割合が緩和されました。
また、グループホームでも夜勤職員の配置人数の緩和も行われています。
今後は、夜勤だけに限らずその他の時間帯においても人員配置基準の緩和が進んでいくことも予測されます。
人員配置基準が緩和される理由
ここにきて人員配置基準の緩和が検討されている理由は複数ありますが、以下のようなことが考えられます。
・ICTなど新しいテクノロジーが出てきたことで効率的な介護が可能になってきたこと
・深刻な人手不足により介護人材の確保が喫緊の課題になっていること
・あくまで特例であり、全てを緩和する訳ではないこと
介護保険制度が始まった頃は、介護ロボットなどは今より実用的とは言えず、ICT技術も今ほど進んでいませんでした。
それらの新しい技術を取り入れていくことで、職員配置を緩和しても安全な介護を行うことができるということで人員配置基準の緩和が検討されているというのが理由です。
また、深刻な人手不足もあって背に腹は代えられないというのも実際にはあるのではないでしょうか。
ただし、あくまでも人員配置基準の緩和は特例的な措置ということで、全ての介護施設の基準が緩和されるわけではないというのが現在わかっている情報です。
介護職員の人員配置基準が4対1になるとどうなる?
介護職員の中に、現在の職場は職員数が充実しているから緩和されても問題ないと思っている人はどれくらいいるのでしょうか。
人員配置基準が緩和されると、今以上に介護現場が回らなくなって大変なのではないかと思うのが本音かもしれません。
この件について、介護施設の経営者や現場の職員、業者の方などと話したことがありますが、ポジティブな意見だけではなく、ネガティブな意見も多く聞きました。
…職員が集まらないから基準の緩和は歓迎
…介護ロボットなどに投資するコストを補助してもらいたい
…施設経営が大変なので、コストダウンに繋がると助かる
…今でも人が足りないのに、これ以上職員が減ったら危険
…ロボットやセンサーだけでは、職員の代わりにはならない
…一斉にセンサーが鳴ったりした場合、職員がいないと対応できない
…テクノロジーの導入は必要だが、マンパワーはもっと必要
…これ以上、大変になったら介護職を続けられない
…補助金を活用して新しい福祉用具を導入してもらいたい
…技術が進歩しているから人員配置の基準を緩和できるのではないか
実際に基準が緩和された場合、テクノロジーを導入できる介護施設と小規模で余力がなくて新しい取り組みを行うことができない施設に二極化する可能性もあります。
その際に、職員が集まる施設はどちらになるのでしょうか。
人員配置基準が緩和された時、その施設がどこに重点を置くのかによって、職員が働く場所を選ぶ際の選択のポイントにもなるかもしれません。
人員配置基準の緩和によるメリット・デメリット
現在の計画では、すべての介護施設、介護サービスで人員配置基準が緩和されることが決められたわけではありません。
正しくは、「人員配置基準の緩和を選べるようになる」という言い方が正しいかもしれません。
職員数は経営の上ではとても大切な指標となりますので、選択肢を選べるようになることは施設の経営方針を決めていくうえでとても大きな方針転換ではないでしょうか。
介護業界は以前にも増して人手不足が深刻で、外国人や高年齢者に助けられている施設も多くあります。
実際に、人員配置基準が緩和された場合のメリット、デメリットについて考えてみます。
緩和によるメリット
・少ない職員で業務を回すことができる
人員配置基準が緩和されれば、少ない職員数で業務を回すことが可能になります。
その分、一人に支払う賃金を多く設定することが可能です。
・選択肢が増える
今までは、決められた人員配置基準がひとつしかありませんでしたので、基準を選ぶことができるという選択肢があることはメリットのひとつになります。
例えば、職員が不慣れなうちは手厚い配置にしておき、職員が慣れてきたら少ない職員で回すということも可能です。
・ICTやロボットなどの導入による業務の効率化が図れる
人手不足は介護業界において、喫緊の課題です。
設備を投資してテクノロジーを導入し、その分少ない職員で回すことができれば、普段の業務においても効率化や生産性の向上に寄与することでしょう。
緩和によるデメリット
・職員の負担が増大する可能性がある
単純にロボットやセンサーを導入したからといって、それを操作するのは現場で働く介護職員です。
センサーが反応したときに、対応できる職員がいなければ結局、事故やヒヤリハットは避けられません。
少ない職員になった時に、本当に技術でカバーできるのかが未知数な部分があります。
・施設の2極化が進む可能性がある
設備投資ができる施設とできない施設で、大きく分かれる可能性があります。
どちらが職員に支持されるかはわかりませんが、大きな法人が更に強くなり、小さな法人が淘汰されていく可能性もあります。
・技術に頼りすぎてしまう可能性がある
今では多くの施設に導入されている特殊浴槽(機械浴槽)は8年から10年で更新が必要と言われます。
センサーやロボットなど、精密な部品や技術でできているものはもっと耐用年数が短い可能性があります。
一方で、一度導入したらそれなしには業務が回らなくなる、頼りきってしまう可能性もあるので、壊れたら更新をしなくてはいけないでしょうし不足したら買い足す必要もあるかもしれません。
ひとつの金額も決して安価ではないので、安易に買い替えをすることが出来ないという点もデメリットかもしれません。
介護施設の人員配置基準緩和とICT活用
令和3年の介護保険改定では、見守り機器の導入割合により夜勤職員数を緩和しても加算が取りやすくなる改定が行われました。
また、特別養護老人ホーム(従来型)では、全ての利用者に見守り機器(センサーなど)を導入した場合や職員がインカムなどを着用することで、これまでよりも少ない職員数で人員配置基準を満たすようになっています。
これらの影響は、今後の介護報酬改定などで評価されていくものと思われます。
2021年に行われた特別養護老人ホームを対象とした調査では、多くの施設でICTが既に導入または導入を検討しているという調査結果が出ています。
インカムや生体センサーなどは約15%の施設で既に導入されており、30%以上の施設で導入を検討しているとされています。
起き上がりなどの見守り生体センサーは約半数の施設で導入されており、ICTの活用も比較的身近になりつつあります。
参考:特別養護⽼⼈ホームのICT活⽤に関する調査の結果の概要について
ICT化に積極的に取り組み、働きやすい職場に介護職が集まる可能性
厚生労働省では、これまで補助金などを整備し介護現場において積極的にICTの導入を推奨してきました。
今後も、その流れは変わらないものと推測されます。
特に、介護の人材不足は危機的状況が続いており、処遇改善加算などによる賃金改善と同時に働きやすさや効率化、生産性の向上が介護現場に求められています。
以前、有料老人ホームの経営者の方と話しをした際に、
「常に新しい介護機器を検討し、積極的に導入を進めている」
と聞きました。
介護を専門的に学んでいる若い人材は、最新の介護ロボットやシステムについて古くから現場で働く職員よりも知識を持っています。
今後、働きやすい職場や職員に定着してもらえる職場を目指すためには設備への先行投資は今までよりも必要になってくると考えられます。
なお、先ほどの経営者の方は、
「新しい機器を導入するのは求人のため」
と言っていました。
地域で初めて導入する介護機器は、利用者だけではなく求職者である介護職員にも「施設の売り」になるという考えのようで、実際そちらの施設では職員の定着率も高く推移しているということでした。
上記のように、ICT化に積極的に取り組む職場には、よい介護職員も集まりやすくなる可能性があります。
まとめ
以前勤務していた特別養護老人ホームでは、開設時には比較的お元気な方が多かったのですが、数年したら要介護度の高い方がほとんどになっていました。
それに合わせて、車いすやマットレス、自助食器などもその都度買い替えを行っていきました。
介護施設を利用される方たちは、日々状態が変わっていきます。
全ての入居者に対応した介護ロボットやセンサーが導入できればよいですが、限られた予算の中で優先度を決めて導入を進めていくのでどのような機器を導入するかを選択するのはとても難しいものです。
一方で、テクノロジーの進歩は日進月歩なのでどんどん新しい商品、よい商品が出てきます。
今後、ICTなどの導入で人員配置基準を緩和していく動きが加速すれば、更によい商品が出てくると思われます。
そのような時に、しっかりと設備を導入できる介護施設は、働く人にも選ばれる介護施設になるかもしれません。
今は制度変更の過渡期のため、今後の報酬改定や通知を注視して制度に乗り遅れないようにしなくてはいけません。
この記事の執筆者 | 伊藤 所有資格:社会福祉施設長認定講習終了・福祉用具専門相談員・介護事務管理士 20年以上、介護・医療系の事務に従事。 デイサービス施設長や介護老人施設事務長、特別養護老人ホーム施設長を経験し独立。 現在は複数の介護事業所の経営/運営支援をしている。 |
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