利用者様の安全と、健やかな生活のため、介護現場では、日々様々な取り組みが行われていることと思います。その中でも、インシデントとヒヤリハットへの対応はとても重要なものと言えるでしょう。
この二つは似ていますが、多くの点で異なるものです。これらの認識や対応が不十分であれば、インシデントとヒヤリハット防止の取り組みを行ったとしても、せっかくの労力も水の泡となってしまうかもしれません。
この記事では、インシデントとヒヤリハットの違い、その適切な取り扱いについて解説します。介護リーダーや管理者の方は改めてインシデントとヒヤリハットの理解を深めるために確認をしてみてください。
また、介護リーダーや管理者を目指している方も、インシデントとヒヤリハット事例を活用することは、安心安全な施設運営を行うために重要なこととなりますので、本記事の内容をぜひ参考にしてみてください。
目次
インシデントとヒヤリハットの違い
インシデントとヒヤリハットは、介護現場においてはどちらも事故に関するものです。しかし、その定義には違いがあります。
最初に「インシデントとヒヤリハットの違い」について、確認しておきましょう。
インシデントとは
インシデントとは予期せぬ出来事や事故全般のことです。利用者様や職員に対して実際に何らかの損害があった、または損害が起こる可能性のあった事象のことをインシデントと呼びます。
例えば、転倒や転落、服薬ミス、異食、介助時における外傷の発生などが当てはまります。仮に、結果的には実害がなかったとしても、これらの事象の発生はインシデントに分類され、特に迅速な対策の実施が求められるものです。
また、インシデントの内、重大な損害が発生した場合は、アクシデントとも呼ばれることを覚えておきましょう。
ヒヤリハットとは
事故の発生を未然に防いだ、または転倒や転落などの事故にはつながらなかったものの、ヒヤリとした、ハッとした事象をヒヤリハットと呼びます。
ヒヤリハットは、実際に事故は起こっていませんが、もし起こっていたら実害が発生していたかもしれないものを指し、事故予防の観点から、対策の検討が必要です。
介護現場におけるインシデントの事例
実際の介護現場では、どのようなインシデントが発生しているのでしょうか。インシデントの事例を一つご紹介します。
事例 | 車いすに座っている利用者様が、ご自身で座り直そうとした際、車いすからずり落ちて尻もちを打った。すぐ近くに職員はおらず、事故の発生を防ぐことができなかった。幸いケガはなく、バイタルも正常だった。 |
原因 | ブレーキがかかっていなかった。 転落する前、車いすに浅く座っていた。 |
対策 | そばを離れる際は、ブレーキをかける。 浅く座っていたら、座り直しをしてからそばを離れる。 |
事例のような、ケガのない転落事故であっても インシデントとして扱われます。
介護現場におけるヒヤリハットの事例
続いてヒヤリハットです。先と同様にヒヤリハットの事例を一例ご紹介します。
事例 | 入浴後の脱衣室で、利用者様が足を滑らせて転倒しそうになった。職員がすぐに身体を支えたため、転倒には至らなかった。 |
原因 | 脱衣所の床が濡れていた。 床がフローリングで、滑りやすい素材だった。 |
対策 | 浴室の出口に足ふきマットを設置する。 定期的な床の清掃を行う。 |
この事例の場合、たまたま職員がすぐに支えることができたため、事故に至っておりません。しかし、状況によっては、事故が起きていたかもしれないとされるものをヒヤリハットと呼びます。
介護事故を防ぐには
読者の方の中には、ハインリッヒの法則を聞いたことがある方もいらっしゃると思います。1件の重大事故の陰には29件の軽微な事故が隠れており、その背後には300件のヒヤリハットが潜んでいるというものです。
インシデントやヒヤリハット報告を活用することは、同様の事故を繰り返し起こさないとともに、重大事故の予防にも有効とされています。事故につながらなかったからと軽視していると、思わぬ時に大きなアクシデントになってしまうかもしれません。
次に、インシデント報告、ヒヤリハット報告を実際に活用するための方法を見ていきましょう。
インシデントとヒヤリハットの事例を集め予防に活用する
一つひとつの事故は、同じADLの他の利用者様や、同じ状況の中で、再び起こる可能性があります。今回はヒヤリハットで済んでも、次回はインシデントや重大事故につながってしまうかもしれません。
そのため、インシデント報告やヒヤリハット報告に対し、原因の究明や効果的な対策をとることは、事故そのものを減らすことにつながります。
効果的なのはインシデントとヒヤリハットの事例を集め、対策をチーム内で検討・共有し、どの職員が行っても事故が起こらないようにすることです。さらには、こうした対策を施設で働く職員全員で共有するすることで、より利用者様の安全安心に寄与することができるでしょう。
報告を積極的にしやすい職場
介護職員にとって、ヒヤリハットやインシデントの報告は、時として自身の評価を下げるのではないかと思う場合があります。そのため、報告をためらったり、隠したりすることもあるかもしれません。
リーダーや管理者は、ヒヤリハットやインシデント報告を奨励する文化を作り上げる必要があります。もし、せっかくの職員からの報告を、叱咤で返すようなことがあれば、次からは報告がなされないこともあると思います。
大きなアクシデントを未然に防ぐことが、ヒヤリハット報告やインシデント報告の目的です。起こってしまったことよりも、次につなげるための行動を意識しましょう。そのためには、普段から職員がヒヤリハットやインシデント報告を積極的にしやすいように声掛けをしたり、実際に報告があった際にも建設的な対応を取ることが大切です。
状況の確認と原因の究明に努める
なぜインシデントやヒヤリハットが発生してしまったのか、その原因を突き止めることが、有効な対策を立てるために大切です。
しかし、ヒヤリハット報告書やインシデント報告書に記載された内容だけでは、発生時の状況が分かりにくい場合もあると思います。特に経験の浅い職員の報告書では、大事な情報が記載されていないこともあるかもしれません。
報告者となる職員の今後のためにも、報告書に書かれていないことがあれば尋ねるようにしましょう。その際も、問いただすような姿勢ではなく、状況確認のためや、原因をこのように推測しているといった言い回しで、圧迫感を与えないように聞き取りを行いましょう。
対策をしっかり検討する
同じ事故を起こさないためには、早急に対策を立てる必要があります。対策は、無理なく行うことができ、誰でも実行可能なものである必要があります。
また、迅速な対応が必要な場合もあるため、スピード感も大切にしましょう。
組織内で事例・対策を共有する
対策を立てたら、速やかにチーム内で共有するようにしましょう。対策が記載されたインシデント報告書やヒヤリハット報告書をファイリングして、出勤時に目を通すようにしたり、連絡ノートに事故の概要と対策を記載したりすることで、チームの全員が漏れなく確認できるように仕組みを整えることが大切です。
事故対策委員会を設置する
介護施設に事故対策委員会の設置義務はありませんが、事故の予防や迅速な対応、職員教育の一環として、委員会を設置しているところもあります。
定期的なカンファレンスを通じて、個別の事故報告を話し合ったり、事故の傾向を分析したりすることで、より質の高い対策や予防を行うことにつながります。また、リーダーや管理者だけでなく、他の職員も加わることで、これまでと異なった意見を期待することができるとともに、職員自身の考える力を育むことも可能です。
他人から言われたルールよりも、自分たちで決めたルールの方が、より遵守されやすい傾向もあるため、自ら考え、ルール化していく仕組みはとても有効と言えます。
まとめ
インシデントやヒヤリハットへの対応は、その奥にある重大事故の予防にもつながる重要なものです。
インシデントやヒヤリハットが起きた場合、原因の究明と迅速かつ適切な対策を立てることが、利用者様の生活の安全を守ることになり、ひいては施設・事業所にとっても安定した運営を可能にします。さらには、職員の経験値を上げ、スキルを高めることにもつながるでしょう。
介護事故を完全に防ぐことは難しいかもしれません。しかし、できる対策を一つずつ実行することで、事故を減らすことは確実にできます。危険予知トレーニング(KYT)を実施して、介護現場で起こり得るであろう介護事故やヒヤリハットを防ぐ取り組みも効果的です。
今後も日々の業務において、事故予防の意識を持ち続け、安全管理を実現していきましょう。
この記事の執筆者 | ユージン 保有資格:介護福祉士 社会福祉士 認知症ケア専門士 介護付き有料老人ホームで16年勤務。内3年は介護リーダーを務める。現在は新人職員、中堅職員の指導を行いながら、チームケアの維持に尽力。 また、長い現場経験を活かして、介護・福祉関係のライターとしても活動中。 |