「トイレから車椅子への移乗が難しい」「立てない人を介助する際、身体のどこを持てばいいかわからない」と悩んでいる介護職の方も多いのではないでしょうか。
介護度の高い利用者が多い施設では、移乗介助を頻繁に行わなくてはいけません。
そのため、正しい方法や手順を理解しておくことは非常に重要です。もし、正しい方法や手順を知らずに移乗介助を続けると、介護職自身の腰痛や利用者の転倒事故を発生させてしまう原因につながりかねません。
そこでこの記事では、立てない人の移乗介助の基本手順やコツ、注意点を分かりやすく解説します。
利用者の状態やシチュエーションに合わせた移乗介助の方法についても紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
目次
立てない人の移乗介助の基本はボディメカニクス

立てない人の移乗介助をする際には、基本的にボディメカニクスを活用する必要があります。
ここでは、ボディメカニクスの特徴や8原則について紹介します。
ボディメカニクスとは
ボディメカニクスとは、身体力学を応用して力任せではない介護をするための技術です。
以下の8原則に沿って介助をすることで、介助者もご利用者も安定した体勢を取ることが可能です。
1.支持基底面を広くする
2.重心を低くし骨盤を安定させる
3.要介護者との重心を近づける
4.要介護者の身体をねじらず小さくまとめる
5.身体全体を利用し大きな筋肉を使う
6.持ち上げずに水平移動を行う
7.身体を押さずに手前に引く
8.テコの原理を利用する
ボディメカニクスを活用すれば、腰痛や膝の痛みの負担を防ぎながら効率的に介助ができます。
ボディメカニクスの具体的な方法や注意点を知りたい方は、以下の記事を参考にしてみてください。
立てない人の移乗介助の準備

立てない人の移乗介助をする際には以下の準備が大切です。
移乗介助のシチュエーションに合わせた事前準備をしっかりとしておくことで、事故が起こるリスクを減らすことが可能です。
・利用者の身体状態の確認
・車椅子やベッドの準備
・福祉用具などの準備
それぞれの準備について、詳しく解説します。
利用者の身体状態の確認
立ち上がりが困難な方を介助する際は、利用者の身体状態を細かく確認する必要があります。
利用者の身体状態を知らないで介助すると、思わぬ介護事故を発生させてしまう可能性があるからです。
例えば、麻痺がある方は、健側(麻痺がない側の身体)は患側(麻痺がある側の身体)よりも重心を乗せてバランスが取れる傾向があります。
そのため介助者は健側を先に動かすよう誘導する必要があり、麻痺をしている腕や足がどちらかを理解しておく必要があるのです。
しかしそれを知らずに患側側から介助すると、利用者がバランスを崩し、転倒させてしまうリスクがあります。
移乗介助中の介護事故を防ぐためにも、利用者の身体状態は介助前に確認しておくことが必須です。
車椅子やベッドの準備
移乗介助では、車椅子の位置やベッドの高さが安全に直結しますので、事前にしっかり準備することが欠かせません。
車椅子やベッドの準備を怠ると、利用者に過度な負担を与えてしまう可能性があります。
また、介助者も無理な力が身体に加わり、腰痛や膝痛を引き起こす可能性が高まるので、車椅子やベッドの事前準備は必要です。
車椅子を準備する際は、ブレーキをかけてフットレストを上げておきましょう。
もし利用者が麻痺を抱えているなら、車椅子は健側側に設置します。
ベッドの高さは車椅子の座面よりも同じくらいかやや高めに設置し、利用者の足の底が床につく程度にします。
車椅子の位置やベッドの高さの準備が整ったうえで、移乗介助を始めてください。
福祉用具などの準備
高齢者は加齢や病気により、膝に痛みを抱えていたり下肢筋力が低下している場合もあるため、状態に応じて福祉用具を使用することも検討しましょう。
例として、介護現場では以下の福祉用具がよく使用されています。
・電動介護用ベッド
・スライディングボード
・置き型の手すり
特にスライディングボードは、持ち上げる動作が少なくなるため、体重の重い方や身長が高い利用者の移乗介助をする際に効果的です。
利用者の身体状態に合わせた福祉用具を準備して介助にあたることで、安全な移乗や介護者の腰痛防止にもつながります。
立てない原因別に考える移乗介助
移乗介助をする際は、利用者の身体機能や認知機能に合わせた介助をする必要があります。
ここでは、移乗介助の方法を以下のような原因別に紹介します。
・下肢筋力の低下・麻痺がある場合
・バランス保持ができない場合
・認知症がある場合
下肢筋力の低下・麻痺がある場合
下肢筋力の低下や麻痺がある方に対しては、できることを自身でやってもらいつつ、サポートするのが原則です。
足の力が弱くなっていたり身体に麻痺があったりしても、ほかの部位には残存機能(自分で動かせる力)があります。
健側の手でベッド柵や車椅子のアームレストをつかんでもらい、介助者は立ち上がり時のふらつきや傾きが起きないよう支援します。
利用者の自立支援や介助者の負担を減らすためにも、できることは積極的に行ってもらうようにしましょう。
バランス保持ができない場合
バランス保持が難しい利用者の移乗介助では、転倒リスクを最小限に抑える工夫が必要です。
転倒を防ぐためにも、介助者は利用者の重心位置を常に意識しなくてはいけません。
例えば、移乗時は利用者の上半身を前屈みにし、重心を前に移動させ臀部が浮きやすいように介助します。
また移乗時のふらつきを防ぐためにも、腰や体幹を支えて立ち上がりをサポートします。
万が一バランスを崩してしまい膝折れや身体の傾きが起きてしまっても、すぐに対応できるように利用者の後ろに立っておきましょう。
認知症がある場合
認知症の方の移乗介助をする際は、身体的なケアだけでなく利用者の気持ちに寄り添った配慮も大切です。
本人で歩けるものの、なかなか立ってもらえない方は、まず身体の状態を整えることから始めましょう。
認知症の方は、声かけの内容と現在の身体の状態が一致していない場合があります。
そのため、声かけをする前に足の位置を直してから動作を伝えると、スムーズに立ち上がってくれる可能性があるのです。
声かけをする際は「トイレに行きましょう」だけではなく、以下のように動きを細かく分けて伝えていくのがおすすめです。
・「私につかまってください」
・「身体を前に倒しましょう」
・「それでは立ってみましょうか」
・「トイレに行きましょう」
動作を段階的に伝えることで認知症の方に理解してもらいやすくなり、スムーズに立ってもらえる場合があります。
立てない人の移乗介助の基本手順

移乗介助は利用者の状態や環境により手順が異なります。
ここでは、以下の状況に沿った移乗介助の基本手順を紹介します。
・ベッドから車椅子への移乗介助
・車椅子からベッドへの移乗介助
・トイレ・車椅子間の移乗介助
・床から車椅子への移乗介助
・車椅子から車への移乗介助
ベッドから車椅子への移乗介助
ベッドから車椅子へ移乗介助をする際の基本的な手順は以下のとおりです。
1.ベッドの高さを車椅子の座面と同じ高さに調整する
2.ブレーキをかけ、フットレストやアームサポートを上げる
3.利用者に声かけをし、協力を促す
4.車椅子をベッドに対して20〜30度の角度で配置する
5.利用者を起こし両足が床につくようにベッドを調整する
6.臀部を少し前にずらし、利用者の車椅子側のつま先を車椅子に向ける
7.要介助者の両手を介助者の背中にまわし上半身を抱え込む
8.利用者を立ち上げ、利用者の身体を車椅子の方向にゆっくり回転させていく
9.要介助者の臀部や太ももの後ろが車椅子に軽く触れるような位置まで回転したら静かに腰を落としてもらう
利用者にベッドに座ってもらう際、腰掛けている位置が浅すぎると転落する可能性があります。
起こしたときに臀部の位置が浅かったら、奥に押したい臀部を浮かせてもらい、腰の出っ張っている骨を前方から押すように介助すると、利用者を深く座らせられます。
車椅子からベッドへの移乗介助
車椅子からベッドへの移乗介助の手順は以下のとおりです。
1.車椅子をベッドに近づけ、移動範囲を減らす
2.フットレストを外しアームサポートを上げる
3.車椅子にブレーキがかかっているかどうか確かめる
4.要介助者の足が地面についているかを確認する
5.要介助者と身体を密着させて両肩甲骨を支え、前傾姿勢を促して浅座りにする
6.重心の高さを要介助者に合わせて腰を低くする
7.ベッド側の肩甲骨と反対側の骨盤をしっかり支え、密着する
8.前方に誘導することで臀部を浮かせる
9.介助者は利用者とそのままと一緒に回転するように介助する
10.密着した状態でゆっくりベッドに座ってもらう
車椅子はベッドと異なり高さを調整できないので、介助者は足を広くし重心を低く保つことが大切です。
トイレ・車椅子間の移乗介助
トイレ・車椅子間の移乗介助の具体的な手順は以下のとおりです。
1.車椅子を便器に近づけて移動範囲を減らす
2.フットレストから足を降ろしてもらい、アームサポートを上げる
3.車椅子にブレーキがかかっているかどうか確かめる
4.手すりにつかまってもらい立ち上がる
5.手すりにつかまりながら向きをゆっくり変える
6.膝折れを防ぐために介助者の太ももで支えてズボンを下ろす
7.便座に座るまで転倒しないように支える
8.利用者の身体が安定したのを確認してからその場を離れる
ズボンを下ろす際は介助者の太ももで利用者の太ももを支えます。
自立している方であれば、便座に座ったのを確認したあとはプライベートに配慮してトイレから出ましょう。
床から車椅子への移乗介助
床から車椅子への移乗介助の手順は以下のとおりです。
1.車椅子のフットレストやアームサポートを外しておく
2.利用者を長座位(床に臀部がつき両足を前に伸ばしている状態)にする
3.介助者は正座をして利用者の膝の下に片方の膝を入れる
4.利用者の背中を支えながら遠い脇にもぐる
5.利用者の足を抱え介助者に引き寄せる
6.利用者の身体を横に倒しながら車椅子に乗せる
床から車椅子へ移乗する場合、腰を高くして引っ張るように持ち上げると腰を痛める可能性があります。
そのため、介助者と同じ位置を取り、身体を密着させて介助するのがポイントです。
車椅子から車への移乗介助
車椅子から車への移乗介助の手順は以下のとおりです。
1.車椅子を自動車の扉の近くに止める
2.ブレーキをかけてフットレストを上げる
3.要介助者に車の肘掛けと座席に手をかけてもらう
4.介助者は利用者と密着して腰を低くし、背中に腕をまわしてもらう
5.腰を上げて身体をゆっくり回転させ座席に座ってもらう
6.車に乗る際はドアの淵に頭をぶつけないように頭を下げる
車内への移乗は狭い環境で行うので、利用者の身体を車にぶつけないように注意しましょう。
支持基底面を広く取り、利用者と密着しながら移乗する必要があります。
立てない人の移乗介助のコツ

立てない人の移乗介助のコツは以下のとおりです。
・立てない理由に合わせた介助を行う
・声かけ・合図で安心感を与える
・介助者が無理をしない姿勢・動作で行う
・一人介助と二人介助を使い分ける
立てない理由に合わせた介助を行う
立てない理由は利用者さんによってさまざまです。そのため、介護度や症状に合わせた介助をする必要があります。
例えば、介助があれば立てる方には、ベッド柵や車椅子の手すりを握ってもらい、自分でできることをサポートするのが適切です。
下肢に力が入らず座位が保てない方は、介助者の膝で利用者の膝を支えたり、スライディングボードを使用したりするのがおすすめです。
利用者の身体状態を観察・把握し、症状や介護度に合わせた介助を提供しましょう。
声かけ・合図で安心感を与える
移乗介助をする必要があるからといって、身体にいきなり触れられると利用者は不安感や恐怖心を感じる可能性があります。
そのため、介助を始める前に必ず声をかけ、これから何をするのか説明することが大切になります。
基本的には「これからベッドから車椅子に移りますね」「車椅子の手すりを持っていただけますか?」といった次の動作を伝えることが重要です。
特に認知症の方は説明が通りにくい傾向にあるので、具体的な動作を細かく説明する必要があります。
移乗介助をする際は、声かけや合図をして利用者に安心感を与えましょう。
介助者が無理をしない姿勢・動作で行う
介助者はボディメカニクスを活かした介助を心がけることが重要です。
移乗介助では、中腰や前屈みになることが多く、介助者が腰や膝を痛めてしまうケースも少なくありません。
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」においても、介助時に中腰や前屈みの姿勢になるのを避けるよう喚起しています。
腰痛を抱えてしまうと思い通りに介助ができず、最悪の場合、離職を余儀なくされてしまいます。
すでに腰痛を抱えている方や、移乗介助に慣れていない人は、福祉用具の活用や作業スペースの確保を検討しましょう。
介護職として健康的に働き続けていくためにも、ボディメカニクスの活用や作業環境に工夫し、介助者が無理のない姿勢・動作で仕事をすることが大切です。
一人介助と二人介助を使い分ける
一人介助と二人介助の特徴を知り、利用者さんの状態ごとに使い分けることも重要です。
一人介助でケアできる方は自力で立てる方や、バランスを保持できる人、身長が小さい方です。
立ち上がり時の腰の揺れや傾きの支え、膝折れを防ぐように介助しつつ、残存能力を活かしてもらいます。
一方、体重が重く、身長のあるような方や座位保持が難しい人は二人介助を選択するのが適切です。
体重や身長差があると、介助者一人で支えるのが限界な場合があります。
利用者にも過度に身体的な負担を与えてしまうため、一人介助が難しい場合には無理せずに、二人介助で対応しましょう。
安全確保とトラブル予防のポイント
ここでは、安全な移乗介助をするためのポイントを3つ紹介します。
・転倒・滑落事故を防ぐ環境づくり
・関節や皮膚への負担を軽減する工夫
・介助者の腰痛・身体負担対策
転倒・滑落事故を防ぐ環境づくり
高齢になると下肢筋力の低下により、足が上がらなくなり転倒しやすくなる傾向があります。
内閣府のデータによると、年齢が高いほど転倒事故の割合が高く、「85歳以上」の高齢者は4人に1人が転倒しているとの調査結果が出ています。

出典:平成17年度 高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果(全体版) 2 転倒事故 – 内閣府
そのため、介護施設では床が濡れていたらすぐに拭き、地面には物品を置かないといった対応が大切です。
自宅ではコンセントやカーペット、チラシなどつまずきやすい原因になる物を床に置かないようにします。
安全な移乗介助をするには、転倒や滑落事故を防ぐ環境づくりが求められます。
関節や皮膚への負担を軽減する工夫
利用者を介助する際は、関節や皮膚への負担を意識した介助を提供しなくてはいけません。
高齢になると変形性関節症や、リウマチのような関節疾患を引き起こす可能性が高まります。
また、加齢により皮脂の分泌量も低下するため、皮膚が薄くなる傾向があります。
そのため移乗介助をする際、無理に持ち上げようとしたりズボンを引っ張ったりすると、関節を痛める原因や表皮剥離を作ってしまう可能性があるのです。
介助者は、関節や皮膚の負担を軽減するような安全な介助を実施する必要があります。
介助者の腰痛・身体負担対策
介助者の腰痛や身体的負担について対策をすることも非常に大切なことです。
畿央大学の調査によると、
現在腰痛を有する者は47.4%で,そのうち55.6%は介護職従事後に発症していた.全ての介護職従事後有痛者は従事後2年以内(平均12.4±10.9カ月)で腰痛を発症しており,従事後1年以内に発症した者は6割に達した.
とあり、多くの介護職が腰痛で悩まれています。
そのほかの介護者を対象にした調査研究でも、6〜8割の介護者が腰痛を訴えていると報告されています。
そのため、厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」では、休憩だけでなく定期的な小休止や、腰痛予防のストレッチ、体操を取り入れるよう発表しています。
介護職が自身で休息を取ることも大切ですが、事業所側が腰痛対策に積極的に取り組むのも重要です。
家族介護であれば、デイサービスやショートステイを利用すれば、家族も定期的に休める時間を確保できます。
事業所の施策や介護サービスで介助者の身体負担を軽減することは、腰痛対策・身体負担を軽減するためにとても重要です。
まとめ
立てない人の移乗介助の基本手順やコツ、注意点を分かりやすく解説しました。
立てない人の移乗介助では、利用者の身体状態や原因に応じた方法を選ぶ必要があります。
移乗場面に合ったアプローチができることで、利用者に安全な介助が提供できるだけでなく、安心感を与えられるでしょう。
また、ボディメカニクスの原理を理解することで、介助者も無理な姿勢での介助を避けられます。
正しい身体の使い方で介助を続けることは、利用者だけでなく介助者の負担を減らすことにつながります。
深刻な腰痛を発症してしまうと、安全な介護を利用者に提供することが難しくなってしまったり、介護職としての仕事を断念しなくてはならない状況に陥る可能性もあります。
本記事の内容を参考にし、利用者と介助者が安心・安全になる介助をぜひ実践してください。
| この記事の執筆者 | 山田亮太 所有資格:介護福祉士・認知症実践者研修 2016年から特別養護老人ホームに勤務。日常生活支援から身体介護を経験し、リーダー業務にも就く。2019年に介護福祉士を取得し、2020年に認知症実践者研修を修了。 |
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