介護現場で「頑張っている職員の役職や給料を上げたのに、その職員のモチベーションが下がってしまった」ということはありませんか?
これは「アンダーマイニング効果」という心理によるものです。
多くの人は「自分の成長、興味や関心」のために積極的に行動し、「誰かにやらされていること」については消極的に行動します。職員のやる気やモチベーションを上げる(下げない)には色々な取り組みがありますが、「アンダーマイニング効果」は職員のモチベーションを下げてしまうため避ける必要があります。
この記事では「アンダーマイニング効果」について詳しく解説します。職員のモチベーション、やる気を引き出すために行っていたことが、知らず知らずのうちにアンダーマイニング効果になっていないかどうか、リーダーや管理者の方は確認してみてはいかがでしょうか。
また、外発的動機付けによって内発的動機付けをより刺激して高めていく「エンハンシング効果」についても解説します。
目次
アンダーマイニング効果とは
アンダーマイニング効果とは「報酬やノルマなどを与えた結果、それを達成すること自体が目的にすり変わってしまい、やる気を失ってしまうこと」です。
これは「誰かに(仕事を)やらされている」という心理から、自己決定感や主体性が低下することで起こります。
アンダーマイニング効果が起きる原因
職員のやる気やモチベーションを考えるとき、2つの動機づけがあります。
・外発的動機づけ・・報酬や懲罰など「外的要因」によっておこなう
・内発的動機づけ・・職員自身の興味、関心、やりがいなど「内的要因」によっておこなう
このことをふまえて、なぜアンダーマイニング効果が起きるのかを考えます。
行動の目的が「報酬」に変わってしまう
もともと「内的要因」によりモチベーションの高かった職員に、金銭報酬などの「外的要因」を与えることで「仕事への興味、関心のためではなく、報酬を得るために頑張る」という目的に変わってしまうことがあります。
それにより主体的な行動ではなくなってしまうため、結果的に「やらされている」と感じるようになり、モチベーションを下げてしまいます。報酬以外にも、過剰なノルマ、懲罰、評価などが目的にすり変わることがあります。
自己肯定感が下がる
多くの人は「自分の意思・やる気によって行動したい」という欲求をもっています。ところが外発的動機づけによって目的が変わってしまうと、自らの達成感や決定感がないために「自分がやらなくてもいいんじゃないか・・」など、自己肯定感が下がります。
締め切りやノルマが厳しい
仕事には締め切りやノルマは必要ですが、これが「過剰」となったときには義務感で仕事をするようになってしまいます。そのため、モチベーションが下がることがあります。
短期的には、どうしてもノルマを達成しないといけない!と頑張るときがあるのはやむを得ないとしても、職場の文化として「ノルマさえ達成すればよし」となれば職員の主体性は失われていきます。創意工夫もなくなっていくでしょう。
本来、達成すべき目的があって仕事が生じているはずですが、ノルマを達成することが目的になってしまいます。
アンダーマイニング効果の具体例
ここで、実際にあったアンダーマイニング効果の具体例をご紹介します。
有料老人ホームの介護職員Aさんは、現場の仕事を精力的にこなし、入居者や他職員からも評価の高い人材です。
介護の仕事が好きで、休みの日もスキルアップのために研修に行ったり、現場で使えそうなレクリエーションのアイディアを考えていました。
施設長がAさんの仕事ぶりを評価し「介護主任への昇格と給与アップ」を提示しました。Aさんは「私、管理職には興味も自信もない・・」とためらいましたが、チャレンジになると思い引き受けました。
介護主任になると、今までは同僚だった現場の介護職員たちを「管理・教育する責任」が出てきます。また、事務処理が増えたために入居者の方々と接する時間も激減しました。
慣れない管理業務やクレーム処理、現場職員への教育ノルマなどが重なり、Aさんは次第に「仕事が楽しくない。ツライ」と感じるようになります。そうなると、今までのように主体的に勉強しよう、頑張ろうという気持ちも少なくなっていきました。
しばらくは「お給料が上がったからいいか・・」という気持ちで働いていましたが、ある大きなクレームが引き金となってモチベーションが下がり、Aさんは退職してしまいました。
アンダーマイニング効果が仕事に与える影響
具体例で挙げたAさんのように、もともとは自分でやる気を出せていた人でも動機づけを誤るとモチベーションを下げる場合があります。
アンダーマイニング効果が仕事に与える影響としては、以下のようなものがあります。
仕事の質が下がる
報酬やノルマ自体が働く目的になると「達成したからもういいか」「言われたことだけやればいい」と、求められたこと以上は頑張らないことがあります。
意欲を無くしてしまうと、職員が創意工夫をしなくなる・主体的に動かなくなることにつながり、結果的に仕事の質は下がります。
仕事へのモチベーションが下がる
会社や上司などから不用意に与えられた報酬・評価・ノルマによってやる仕事は、職員にとって「やりたくない・ツライ」という心理を生むことがあります。
ときには「自分で考えなくていいから楽だ」と感じる職員もいるでしょうが、一般的には誰かにやらされている仕事は集中力が下がったり消極的になるのではないでしょうか。そうなれば、モチベーションを上げるどころか下げてしまいます。
職場の人間関係が悪化する
特に人事評価やノルマの達成などが仕事の目的となり「見える化」した場合、職場の人間関係が悪化することもあります。
今までは仲間だったのに、評価の高い職員とそうでない職員の間に格差が生まれたり、感情的な理由から足を引っ張り合うなどライバルに変わるとしたら、動機づけとしては逆効果です。健全な競争を生むためには、健全な評価制度が必要です。
離職率が高まる可能性
アンダーマイニング効果によって離職率が高まる可能性があります。なぜかというと職員にとっては、
誤った目的設定をされる→誰かにやらされている仕事と感じる→モチベーションを下げる→仕事が楽しくなくなる→辞めたくなる
という心理になるからです。また、今の仕事で金銭などの報酬自体が目的になった場合、もっと良い報酬がもらえる職場に目移りすることもあります。
アンダーマイニング効果を防ぐには
どうしたら、アンダーマイニング効果を防ぐことができるのでしょうか?
「やらされている感があると、やる気をなくす」という心理があるのなら、「職員自身が主体的に行動する」という動機づけをすることで改善できるかもしれません。
介護現場で働く職員のモチベーションを上げるために何ができるでしょうか。方法をいくつかご紹介します。
職員のモチベーションの種類を理解する
まず、それぞれの職員が「何によってモチベーションを上げるのか」を理解していきます。報酬や評価など「外発的動機づけ」なのか、自身の興味・関心・やりがいなど「内発的動機づけ」なのか、職員の日々の行動や会話などから把握します。
面談で直接聞き出すのも良いですが、その場合は答えを引き出すのにあせらないことが大切です。面談では、職員は本心でない「ちょっと良い感じのセリフ」を言うことが多いものです。
世間話や、現場で起こっていることに対してどんな感想を持っているかなどを聞くことで、職員が何に関心を持ち、どうしていきたいのかが見えてきます。この時、職員一人ひとり、モチベーションの源が異なることには注意が必要です。
内発的動機づけを行う
もともとやる気のある職員に対しては、その職員が仕事に対して持っているやりがいや興味、関心などにフォーカスすることで内発的動機づけを行うことができます。
たとえば「職員が取りたい資格受講に対して会社が金銭的な支援をする」「日々の業務についてスモールステップで目的達成を促し、その過程で良い評価をしていく」などです。
職員自身が主体的に目的に向かって行動することに協力していく、動機づけしていくことで、モチベーションを上げやすくなります。
締め切りやノルマを厳しくし過ぎない
過剰な締め切りやノルマの設定は、職員の自己決定感やモチベーションを下げる要因になります。ここで大切な視点は、これから設定しようとしている締め切りやノルマが、「この現場で実現が難しいのか、本当に必要な締め切りやノルマなのか」を、管理者やリーダーなどが冷静に考えることです。
職員の人員やスキルなど何か事情があり、現実的に過剰と思える目的を設定しなければならないときは「今は頑張らないといけないけど、ここまではやってみよう」と職員に伝えます。短期的であれば、逆にモチベーションが上がることもあります。
会社や現場としての大まかな目標・方向性を示し、最低限の締め切りやノルマを設定したら、ある程度は現場に決定権の裁量を与えることで良い結果が得られる場合もあります。
エンハンシング効果を活用する
アンダーマイニング効果に対して「エンハンシング効果」というものがあります。これは適切な外発的動機づけによって行動を促し、やがて内発的動機づけに変化し、職員が主体的に行動していくことです。
もともとやる気のあった職員の仕事の目的(モチベーション)が報酬などにすり変わったものを、「仕事自体が楽しい、成長するのが嬉しい」というものに「戻す」手法にもなります。
エンハンシング効果とは
エンハンシング効果は「仕事に取り組む行動自体で得られた充足感や成長への意欲など、内面的なものによって動機づけがされる」ことが特徴です。
仮に最初は「指示された仕事」であっても、管理者やリーダーなどの適切な動機づけをしていくことで、職員は「自己効力感(コンピテンシー)」を得られやすいです。
自己効力感(コンピテンシー)・・自分の努力や行動が良い結果につながるという強い確信がある状態
エンハンシング効果を生むために有効な方法は「正しく褒める」ことです。この「正しく」という部分が重要で、具体的には以下の方法があります。
結果だけでなく過程を褒める
職員を褒めるときには、うまくいった結果に至る過程や努力の内容にフォーカスして伝えます。結果にフォーカスした場合、次回それが達成できないことへの不安が生まれ、職員が行動するときのブレーキになりかねません。
また、「結果が出なかったら評価されない。努力しても意味がない」という気持ちはモチベーションを下げます。
うまくいってもいかなくても、職員が何をどのくらい頑張ったのか、周りはきちんと見ているというのを言葉で伝えましょう。職員自身が気づいていない場合でも、過程を褒めることで「行動して良いんだ」という気持ちになります。
他の人の前で褒める
他の職員やお客様の前で褒めることで、職員の自尊心が満たされ、モチベーションが上がるきっかけになります。
ミーティングなどで「~さんがこんな風に頑張ってくれたから助かった」と言えば、職場自体に「褒め合う」文化が生まれ、無意識にチームワークが良くなることがあります。
注意点としては、ある一部の職員だけを褒めるのではなく、公平に評価していくことです。不公平感があっては、逆に仲が悪くなってしまいかねません。
間接的に褒める
人の話はいつの間にか伝わっているもので、いわゆる「口コミ」のように、第三者から伝わる情報というのは効果絶大です。これは「ウィンザー効果」といわれています。
たとえば、上司がAさんという職員に対して良い評価をしていることをBさんという職員に言います。するとどこかのタイミングでBさんがAさんに「そういえば、上司がAさんのこんなところを褒めてたよ」と伝えたとします。
第三者を通じて得た情報は比較的まっすぐ受け止めやすいので、上司が評価してくれているという事実を感じ、モチベーションが上がります。
適切なタイミングで褒める
褒めるタイミングも大切で、なんでもかんでも褒められてしまうとそれに対して職員が何も感じなくなってしまったり、「なんだかウソくさいな」と思うこともあります。
何か小さな目標を達成したとき、ひと段落したときなど、ポイントごとに褒めていくことが重要です。一緒に目標設定をすると、どこがひと段落なのかも分かりやすいでしょう。
また、職員が疲れているとき、悩んでいるときなどは自信を失っていることもあるので、そうしたときに褒めると少しやる気が戻る場合もあります。
「褒めて伸ばす」というのは職員のモチベーションを上げたり教育する部分において有効な方法ですが、もちろん「心を込めて褒める」というのが前提条件です。うわべだけの言葉、賞賛は相手にも伝わりづらいどころか、心理的に拒否されることもあります。
また、エンハンシング効果は「褒めてもらいたい相手からの言葉」の方が良い結果が得られます。日頃からの良い人間関係、信頼関係をつくっていくこと、職員が頑張っている過程や努力をよく見ること、それを言葉にして伝えることで「褒めて伸ばす」方法が功を奏します。
まとめ
今回はモチベーションが下がるリスクがある「アンダーマイニング効果」と、職員のやる気を引き出すことができる「エンハンシング効果」について解説をしました。
以下に本記事の内容をまとめます。
・「アンダーマイニング効果」とは、職員がもともと持っている(仕事への)興味、関心などが、与えられた報酬などの外的要因に行動の目的がすり変わり、やる気を失ってしまうことです。
・誰かに与えられた仕事は「やらされている感」が出るため、職員の自己決定感、自己肯定感、モチベーションなどが下がります。
・「アンダーマイニング効果」は、職員の仕事の質を下げたり、人間関係が悪化する、離職率が高まるというリスクがあります。そうしたリスクを軽減、回避するには「職員がどんなことに興味、関心を持って仕事しているかを把握し、それを支援する」、「適切な締め切りやノルマを設定する」、「エンハンシング効果を活用する」ことが有効です。
・「エンハンシング効果」とは、職員の行動自体や成長などに対して外発的な動機づけをすることです。 具体的には「正しく褒める」ことが、エンハンシング効果を得られやすい方法です。
・正しく褒めるとは「職員の行動や努力、結果への過程自体を褒める」、「他の人が見ている前で褒める」、「間接的に褒める」、「適切なタイミングで褒める」ことです。信頼関係のある人の心からの褒め言葉は効果絶大なので、日頃から職員と良い関係を築いていくことが大切です。
介護現場の管理者やリーダーにとって、職員のモチベーションを上げることは重要なテーマです。「チーム作り」や「リーダー論」などの分野では研究が進んでおり、本やネットでもたくさんの情報が得られます。
一方、人間の心理というのははるか昔からほぼ変わっておらず、チーム作りに大切なのは「人情」かもしれません。
「自分は大切にされている」と現場職員が感じられるような動機づけを「人情的にも理論的にも」していくことは、職員のQOL(人生の質)を上げていくでしょう。
この記事の執筆者 | otoupapa 保有資格: 介護支援専門員、介護福祉士、介護予防運動指導員 等 訪問介護、デイサービス、有料老人ホーム、小規模多機能型居宅介護を経て今は居宅ケアマネジャーとして勤務。 介護職歴は約22年で、祖父母の在宅介護や福祉系のNPO法人運営を経験しました。 現在は介護・福祉系その他のライターをしながら、介護のお仕事と子育てを両立しています。 |
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