自分よりも体格のあるご利用者や立ち上がりが困難な方の移乗介助は、難しく感じる介護職の方も多いでしょう。移乗介助の基本は、ご利用者を力任せに持ち上げるのではなく、体調や環境を確認したうえで、残っている力を活かしながら安全に乗り移りを支援することです。
ベッドから車椅子、車椅子からトイレなどへの移乗は、介護現場で毎日のように行われる介助の1つです。一方で、誤った方法で介助すると、ご利用者の転倒や骨折、皮膚剥離などの事故につながるおそれがあります。
また、介助者自身も腰痛や膝の痛みを起こしやすくなるため、正しい手順と身体の使い方を身につけることが大切です。
本記事では、移乗介助の基本手順や事前確認のポイント、一人で介助してよいかの判断基準、避けたいNG行動を解説します。移乗介助に不安のある方や、安全に介助するコツを知りたい介護職員の方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
移乗介助とは?基本の意味と移動介助との違い

ここでは、移乗介助の定義や対象となる場面、そして混同しやすい「移動介助」との違いについて確認していきます。
移乗介助は、介護の現場で毎日のようにおこなわれる基本動作の1つです。そのため、正しい方法や他の介助との違いを知っておかないと、ご利用者のケガや介護職自身の腰痛につながるリスクがあります。
移乗介助の定義と対象となる場面
移乗介助とは、何らかの疾患により自力で移動が困難な方をトイレ↔︎車椅子、ベッド↔︎車椅子、自動車↔︎車椅子などの移動をサポートする技術です。
たとえば、全身に麻痺があり自分で立ち上がることができない方のトイレへお連れする際、一人で歩いて行くのは難しいでしょう。そのため、職員がベッドから車椅子への乗り移りをサポートし、トイレまで着いたら今度は車椅子からトイレへの移乗をします。
このように、ある場所からある場所へ身体を移す際におこなうのが移乗介助です。
移動介助との違い
移動介助は、ご利用者自身を目的地まで移動させる介助のことです。たとえば以下のような介助を実施します。
・杖歩行のご利用者をトイレまで誘導する
・車椅子に乗っているご利用者を食堂へ案内する
廊下を歩く、車椅子で施設内を移動する、階段を昇り降りするなど、移動全般が対象です。
一方、移乗介助は乗り移りの動作に限定されます。ベッドの縁から車椅子の座面へ、車椅子の座面から便座へというように、異なる面の間を移る瞬間を支援するのが移乗介助の範囲です。
移乗介助を安全に行う目的

移乗介助を安全に行う目的は、ご利用者の事故防止と介助者の腰痛予防、そして自立支援の3点に集約されます。
とくに介助者の腰痛は深刻な労働災害となっており、厚生労働省は『職場における腰痛予防対策指針』を平成25年に改訂し、適用範囲を福祉・医療分野における介護・看護作業全般に広げました。これは個人の技術問題ではなく、組織として取り組むべき安全衛生課題と位置づけられています。
安全な移乗介助は、ご利用者と介助者双方を守るための基本動作です。
ご利用者の転倒・転落事故を防ぐため
ご利用者の移乗介助をする際は、転倒や転落を起こさないためにも、介助時は安全に配慮する必要があります。
ご利用者のなかには、立ち上がりが不安定な方や立位を保持できない人もいます。ベッドの端から車椅子の座面へ移る際に足元がふらついたり、手すりをつかみ損ねたりすると、そのまま床に転倒する危険があるでしょう。
とくに高齢者は骨密度が低下しているケースが多く、転倒による骨折が寝たきりの原因になることも珍しくありません。移乗介助のミスがご利用者の生活の質を落としてしまう可能性もあるので、移乗時は転倒や転落が起こらないよう細心の注意が必要です。
介護職員自身の腰痛・ケガを防ぐため
移乗介助時にはご利用者の体重が身体にかかるので、間違った移乗介助をしてしまうと、腰や膝を痛める原因につながります。
介護福祉士を対象とした調査(武田・高木, 2016)では、174名中130名(74.7%)が腰痛を有訴しており、勤務年数3年未満から10年以上まで、いずれの群でも約7〜8割が腰痛を抱えていることが報告されています。
【勤務年数別:腰痛の悩み】
・3年未満は45名のうち32名(71.1%)が腰痛もち
・3年以上5年未満は33名のうち23名(69.7%)が腰痛もち
・5年以上10年未満は65名のうち51名(78.5%)が腰痛もち
・10年以上は31名のうち24名(77.4%)が腰痛もち
参照:介護福祉士の腰痛に関する研究―勤務年数4群からの検討―|公益社団法人 日本介護福祉士会
介護職は腰痛の発生率が高い職業です。自身がケガを防ぐためにも正しい移乗介助を実施する必要があります。
ご利用者の尊厳と自立支援を守るため
移乗介助は利用者の日常生活を活発にさせることにもつながります。移乗ができれば、自分の意思でトイレに行けたり談話室でテレビを観たりできます。
そうすることで日常にハリが生まれ、新しい活動への参加や興味のあることが増える方もいるでしょう。
移乗介助を安全に行うことは、ご利用者が自分らしく生活するためにも大切なことなのです。
移乗介助を始める前に確認すべきチェックリスト
移乗介助を安全に行うには、介助を始める前の準備が欠かせません。
「いつも同じ方だから大丈夫」と思っていても、ご利用者の体調や立ち上がりの安定性は日によって変わります。また、車椅子のブレーキ忘れやフットレストの確認漏れなど、ちょっとした準備不足が転倒・転落事故につながることもあります。
移乗介助に入る前には、以下の項目を確認しましょう。
| 確認項目 | 確認する内容 |
| ご利用者の体調 | 顔色、表情、痛み、めまい、ふらつきがないか |
| 声かけ | これから行う動作を短く分かりやすく伝えているか |
| 車椅子のブレーキ | 左右両方のブレーキが確実にかかっているか |
| フットレスト | 足が引っかからないよう上げる、または取り外しているか |
| ベッドの高さ | 車椅子の座面と高さをできるだけそろえているか |
| 車椅子の位置・角度 | 移乗しやすい位置に設置できているか |
| 足元・動線 | 床に物が落ちていないか、滑りやすくないか |
| 介助方法の判断 | 一人介助でよいか、二人介助や福祉用具が必要ではないか |
とくに重要なのは、ご利用者の状態確認です。前日まで問題なく立ち上がれていた方でも、体調不良や睡眠不足、痛み、めまいなどによって、当日は立位が不安定になる場合があります。
移乗前には「今日は体調はいかがですか」「痛いところはありませんか」などと声をかけ、表情や返答の様子も確認しましょう。
また、車椅子のブレーキとフットレストの確認も欠かせません。ブレーキがかかっていない状態で移乗しようとすると、ご利用者が体重をかけた瞬間に車椅子が動き、転倒や転落につながるおそれがあります。
フットレストが下りたままになっていると、足が引っかかったり、すねや足先をぶつけたりする原因になります。
移乗介助では、介助の技術だけでなく「始める前にどれだけ安全な環境を整えられるか」が大切です。少しでも不安がある場合は無理に一人で対応せず、ほかの職員に声をかけたり、スライディングボードやリフトなどの福祉用具の使用を検討したりしましょう。
移乗介助の基本手順|ベッドから車椅子への流れ

移乗介助のなかでも最も頻度が高いのが、ベッドから車椅子への移乗です。ここでは、一連の流れを5つのステップに分けて解説します。
1.事前準備と環境設定(ブレーキ・高さ・角度)
2.浅く座り足を引いてもらう
3.前傾姿勢を作り立ち上がりを支える
4.軸足を中心に回転し座ってもらう
5.深く座り直し姿勢を整える
1.事前準備と環境設定(ブレーキ・高さ・角度)
移乗介助を始める前の事前準備で確認すべき項目は、おもに以下の3つです。
1.車椅子のブレーキ
2.ベッドの高さ
3.車椅子の設置角度
まず、左右両方のブレーキがしっかりかかっているかを目視と手で確認します。このとき、ご利用者の足にフットレストが引っかからないように、事前に上げておくか取り外しておくのがおすすめです。
次に車椅子の座面とベッドの高さをできるだけそろえることで、持ち上げる力を最小限に抑えられます。
最後にご利用者の座る距離を最短にするため、車椅子をベッドに対して一般的には15〜45度の範囲で、ご利用者の体格・ADLに応じて調整します。
なお、片麻痺がある方の場合は、健側(麻痺がない側)に車椅子を設置するのが基本です。
2.浅く座り足を引いてもらう
環境設定が整ったら、ご利用者にベッドの端へ浅く座ってもらい、足を手前に引いた姿勢をとってもらいます。
深く座ったままでは重心が後方にあるため、立ち上がるのに大きな力が必要です。臀部をベッドの端まで移動させ、足の裏がしっかり床についた状態にすることで、前方への重心移動がスムーズにおこなえます。
介助者がご利用者の腰を支えながら、少しずつお尻を前方へずらしていきます。足は肩幅程度に開き、膝よりもやや手前に引いた位置が理想的です。
足が前に投げ出された状態では、立ち上がり時に膝へ過度な負担がかかる可能性があります。
浅座りと足の引き寄せは、立ち上がりを上手におこなうための準備動作です。
3.前傾姿勢を作り立ち上がりを支える
ご利用者の座位姿勢が整ったら前傾姿勢をつくり、立ち上がりの動作を支えます。
なぜなら前傾姿勢を作ることで、自然な動きで椅子やベッドから立ち上がれるからです。人は無意識に上体を前に倒して重心を足の裏の上まで移動させています。
この動きをサポートせず、ただ上方向に引き上げようとすると、ご利用者にも介護職にも無駄な力がかかります。
そのため、ご利用者の肩甲骨あたりに手を添えるか、腰を支えながら「少し前に体を倒しますね」と声をかけ、ゆっくりと前傾を促しましょう。
ご利用者が自力で立てる場合は、介助者は補助に徹し、タイミングを合わせて立ち上がりを見守ります。
4.軸足を中心に回転し座ってもらう
立ち上がったご利用者の身体を、車椅子の方向へ回転させて座面に座ってもらいます。具体的な動作は以下のとおりです。
1.介護職が自身の足をご利用者の足の外側に置く
2.膝でご利用者の膝を軽く支え、密着した状態をつくる
3.ご利用者の軸足(車椅子側の足)を中心に、小さな弧を描くように一緒に回転する
4.介護職自身も腰をひねらず、足の位置を変えて身体全体で方向を変える
5.ご利用者のお尻が車椅子の座面の上に来たことを確認する
6.ゆっくりと腰を下ろしてもらう
移乗させる際、無理に身体をねじったり大きく歩かせたりすると、ご利用者がバランスを崩してしまい転倒してしまう可能性があります。
また腰をひねるような動作は介護職の腰にも大きな負担がかかり、腰痛の原因につながります。
両者にとって安全な介助をするためにも、足の位置を変えて身体全体で方向を変えることが大切です。
5.深く座り直し姿勢を整える
ご利用者が座った直後は浅座りになっていることが多いため、背もたれにしっかり背中がつく位置までお尻を引く必要があります。
方法はご利用者に少し前屈みになってもらい、介助者が腰を支えながらお尻を奥へスライドさせます。自立している方であれば、ご利用者にアームレストを持って身体を浮かせてもらうよう促すのもおすすめです。
どちらの場合も最終的に膝が約90度に曲がり、足の裏が床やフットレストについている状態が理想的な座位姿勢です。
姿勢が整ったら、フットレストに足を乗せ、衣服の乱れやシートベルト(必要な場合)を確認します。
一人で移乗介助してよいケース・避けるべきケース
移乗介助を行う際は、「一人で介助してよいか」を事前に判断することが大切です。
無理に一人で対応すると、ご利用者の転倒や転落だけでなく、介助者自身の腰痛やケガにつながるおそれがあります。
一方で、ご利用者の状態によっては、過度に手を出しすぎず、見守りや軽い支えにとどめたほうが自立支援につながる場合もあります。
ここでは、一人で移乗介助しやすいケースと、一人介助を避けるべきケースを確認していきましょう。
一人で移乗介助を検討しやすいケース
一人で移乗介助を検討しやすいのは、ご利用者がある程度自分の力を使って動ける場合です。たとえば、以下のような状態であれば、見守りや軽介助で移乗できる可能性があります。
・座った姿勢を安定して保てる
・声かけの内容を理解できる
・足底を床につけて踏ん張れる
・立ち上がりや方向転換に一部介助があれば対応できる
・手すりやアームレストを使って身体を支えられる
・その日の体調に大きな変化がない
ただし、これらに当てはまる場合でも、必ず一人介助でよいとは限りません。同じご利用者でも、疲労や眠気、痛み、めまいなどによって、立ち上がりやバランスの安定性が変わることがあります。
介助に入る前には、表情や返答、姿勢、足のつき方などを確認し、その日の状態に合わせて介助方法を判断しましょう。
また、一人で介助する場合でも、介助者がすべてを行う必要はありません。ご利用者ができる動作はできるだけ本人に行ってもらい、介助者は転倒しないように支える、動作のタイミングを合わせる、次の動きを声かけで伝えるといった関わり方を意識します。
必要以上に抱え上げたり引っ張ったりすると、ご利用者の力を発揮する機会を奪ってしまうだけでなく、介助者の身体にも負担がかかります。
安全を確保しながら、ご利用者自身の残っている力を活かすことが大切です。
一人での移乗介助を避けるべきケース
以下のような場合は、一人で無理に移乗介助を行うのは避けましょう。
・座った姿勢を保つのが難しい
・立ち上がったときに膝折れしやすい
・立位保持が不安定で、身体が大きく傾く
・強い痛みやしびれ、めまいがある
・介助者の声かけを理解しにくい
・急に立ち上がる、身体を反らすなど予測しにくい動きがある
・ご利用者との体格差が大きい
・全介助に近い状態で、本人の協力動作がほとんど得られない
このような状態で一人介助を行うと、ご利用者を支えきれず、転倒や転落につながる危険があります。とくに、立ち上がった瞬間に膝の力が抜ける方や、身体が後方に倒れやすい方は注意が必要です。
介助者がとっさに支えようとしても、腰や腕に大きな負担がかかり、介助者自身がケガをする可能性もあります。
また、認知症などにより動作の予測が難しい方の場合も、一人で対応しようとせず、ほかの職員と連携することが大切です。
「少し不安だけど、何とかできそう」と感じる場面ほど、事故が起こりやすくなります。迷った場合は無理に進めず、先輩職員や看護職員、リハビリ職員に相談しましょう。
必要に応じて、二人介助に切り替えたり、スライディングボードや介助ベルト、移乗用リフトなどの福祉用具を活用したりすることが安全な対応です。
判断に迷う場合は無理に一人で対応しない
移乗介助では、「一人でできるかどうか」よりも「安全に行えるかどうか」を優先する必要があります。
経験を積むと、つい自分の判断で介助を進めてしまいがちですが、ご利用者の状態は毎日同じではありません。体調や服薬状況、睡眠、痛みの有無によって、昨日できた動作が今日は難しいこともあります。
そのため、少しでも不安がある場合は、一人で抱え込まず、ほかの職員に協力を依頼しましょう。二人介助にすることで、ご利用者の身体を安定して支えやすくなり、介助者一人にかかる負担も軽減できます。
また、全介助が必要な方や、体格差が大きい方の場合は、人力で抱え上げるのではなく、福祉用具の活用を前提に考えることが大切です。
安全な移乗介助は、介助者の力や経験だけに頼るものではありません。ご利用者の状態を確認し、必要に応じて職員同士で連携しながら、無理のない方法を選ぶことが事故防止につながります。
少ない負担で安全に移乗介助を行う3つのコツ

移乗介助は正しい手順に加え、身体の使い方を工夫することで負担を大きく減らせます。一方で、個人の技術だけに頼る介助には限界があることも厚生労働省や日本ノーリフト協会から指摘されています。
厚労省『職場における腰痛予防対策指針』では、福祉用具の活用と組み合わせた介助が推奨されています。
ここでは、現場ですぐに実践できる3つのコツを紹介します。
・ご利用者の大きい骨を支える
・ボディメカニクスを活用する
・水平移動を意識し持ち上げない
これらは個人技術として身につけつつ、職場全体の福祉用具導入や研修と組み合わせることで、より高い効果を発揮します。
1.ご利用者の大きい骨を支える
移乗介助でご利用者の身体を支えるとき、腕や手首などの細い部位をつかむのではなく、骨盤や肩甲骨といった大きな骨の近くを支えるのが基本です。
なぜなら、大きい筋肉や骨の周辺は頑丈で体重移動にも耐えられるためです。
具体的には、骨盤のあたり(腰骨の出っ張り付近)に手を添える方法や、肩甲骨の下に手を回して上体を支える方法がよく使われます。こうすることで、ご利用者の重心を広い面で受け止められるため、介助する側もされる側も安定した動作が可能です。
小さな筋肉や関節、皮膚をつかむと力が集中し、ご利用者に痛みを与えたり、皮膚を傷つけたりするリスクが高まります。
高齢者は皮膚や血管が脆く、骨も弱くなっていることが多いため注意が必要です。移乗の際にどこを支えるかを意識するだけで、介助の安全性と快適さが変わります。
2.ボディメカニクスを活用する
ボディメカニクスとは、人間の骨格・筋肉・関節の仕組みを活かし、最小限の力で効率よく身体を動かすための理論です。
移乗介助でボディメカニクスを活用する最大のメリットは、腰や腕にかかる負担を減らしながら、安全に介助できる点にあります。
力任せに持ち上げるのではなく、身体の仕組みに沿った動きをすれば、体格差があるご利用者にも無理なく対応可能です。
たとえば、自分の重心を低く保つために膝を曲げてから介助に入る、ご利用者との距離を縮めて密着した姿勢で支えるなど、ちょっとした動作の工夫がボディメカニクスの実践にあたります。
これらを意識するだけで、同じ介助でも身体への負荷が違ってくるでしょう。
3.水平移動を意識し持ち上げない
移乗介助をする際は、できるだけ水平方向にスライドさせる意識を持つことが、安全な介助につながります。
人の身体を垂直方向に持ち上げようとすると、腰に強い負荷がかかるだけでなく、バランスを崩してご利用者を落下させる危険もあります。
厚生労働省も平成25年改訂の『職場における腰痛予防対策指針』で、介護・看護作業における人の抱上げについて『原則として人力による人の抱上げは行わせないこと』と明示しています。つまり、持ち上げない介助は介助者の工夫ではなく、公的指針に基づく原則なのです。
たとえばベッドと車椅子へ移乗する際は、座面の高さをできるだけそろえ、ご利用者のお尻を滑らせるように移す方法がおすすめです。高さの差が小さいほど垂直方向の力が不要になり、少ない力でスムーズに移乗できます。
ご利用者の状態によって水平移動が難しい場合は、後述するスライディングボードやリフトの活用が前提となります。移乗の前にベッドの高さを調整する習慣をつけるだけでも、日々の身体的な負担は格段に軽くなります。
移乗介助の基本「ボディメカニクスの8原則」とは
ここでは、ボディメカニクスの8原則について解説します。
ボディメカニクスとは、骨格や筋肉、関節の力学的な仕組みを活用して、少ない力で効率的に介助する技術です。移乗介助で身体への負担を減らすには、この8つの原則を理解しておくと役立ちます。
ボディメカニクス8原則の一覧
移乗介助では、ご利用者を力任せに持ち上げるのではなく、身体の仕組みを活かして支えることが大切です。そのために役立つ考え方が、ボディメカニクスです。
ボディメカニクスとは、骨格や筋肉、関節の動きを活用し、少ない力で安全に介助するための技術を指します。
移乗介助では、とくに以下の8原則を意識すると、介助者の腰や腕への負担を減らしながら、ご利用者の転倒リスクも抑えやすくなります。
| 原則 | 移乗介助でのポイント |
| 支持基底面を広くとる | 足を肩幅程度に開き、安定した姿勢で介助する |
| 重心を低くする | 膝を曲げて腰を落とし、ふらつきを防ぐ |
| 重心を近づける | ご利用者と身体を近づけ、少ない力で支える |
| 大きな筋群を使う | 腕だけでなく、太ももや背中の筋肉も使う |
| 身体をねじらない | 腰だけで方向転換せず、足を踏み替えて動く |
| てこの原理を活用する | 小さな力で動作を支えられる位置を意識する |
| 水平移動を利用する | 持ち上げず、横に滑らせるように移乗する |
| 対象者の身体を小さくまとめる | 腕を胸の前で組んでもらうなど、動きやすい姿勢にする |
とくに移乗介助では、ご利用者との距離を近づけること、腰をひねらないこと、持ち上げずに水平移動を意識することが重要です。これらを意識するだけでも、介助者の身体への負担は軽くなります。
ただし、ボディメカニクスはあくまで安全な介助を行うための基本技術です。ご利用者の状態によっては、介助者一人の技術だけで対応せず、二人介助や福祉用具の活用を検討しましょう。
ボディメカニクスの各原則の詳細や活用シーン、腰痛予防との関係については、以下の記事で詳しく解説しています。
移乗介助で避けたいNG行動と注意点
移乗介助では、ちょっとした動作の誤りがご利用者の事故や介助者の腰痛につながります。
とくに新人介護職が無意識にやってしまいがちなNG行動は、皮膚剥離・脱臼・転倒といった重大事故の引き金になることがあります。
ここでは、現場で避けるべき5つのNG行動と、それぞれの正しい対応をセットで解説します。知識として知っておくだけで、日々の介助の安全性は大きく変わります。
・声かけなしで動作を始める
・ご利用者の状態確認を省略する
・腕や手首を引っ張って立たせる
・腰をひねって方向転換する
・ブレーキ・フットレストの確認を怠る
NG行動①声かけなしで動作を始める
予告なくご利用者の身体を動かすのは、移乗介助で最も避けるべきNG行動の一つです。
突然身体を動かされるとご利用者は驚いて身体を硬直させてしまい、介助者の負担が増えるだけでなく、転倒や打撲のリスクが高まります。
また、認知症があるご利用者の場合は驚きから抵抗や暴れにつながり、双方の怪我の原因となることもあります。
動作前には必ず「今からベッドの端に座りますね」「前に体を倒しますよ」「立ち上がります、いきますよ」と、これから何をするかを短い言葉で伝えましょう。
声のトーンは穏やかに、聞き取りやすい速さで話すことが大切です。動作の途中でも「次は車椅子の方向に向きを変えますね」と、節目ごとに声をかけ続けるのが理想です。
毎回丁寧に声をかけることで、「この人は安心して任せられる」と思ってもらえ、介助への協力も得やすくなります。結果として、ご利用者の身体に余計な力が入らず、介助者の負担も軽減されるという好循環が生まれます。
NG行動②ご利用者の状態確認を省略する
「いつもと同じ手順だから」とご利用者の状態確認を省略するのは、事故につながるNG行動です。
高齢のご利用者は日によって体調が大きく変わることがあり、前日まで自力で立てた方が、その日は立位保持できないというケースも珍しくありません。
とくに注意したいのは、長時間ベッドで過ごしたあとの起立性低血圧です。急に起き上がると血圧が下がってめまいやふらつきを起こし、立ち上がった瞬間に膝折れする危険があります。
また、関節リウマチや変形性関節症のあるご利用者は、関節のこわばりや痛みが日によって異なるため、いつも通りの介助では負担をかけてしまうこともあります。
移乗介助の前には、顔色や表情、返事の様子から異変がないかを確認しましょう。「今日は調子いかがですか」と一声かけるだけでも、状態を把握する手がかりになります。
体調不良や強い痛みが見られる場合は、無理に介助を進めず、職員を呼んだり安静にしてもらったりする判断も必要です。一人で判断に迷ったときは、必ず先輩や看護職員に相談しましょう。
NG行動③腕や手首を引っ張って立たせる
ご利用者の腕や手首を引っ張って立たせるのは、絶対に避けたいNG行動です。
引っ張る力は肩関節や手首に集中するため、脱臼や皮膚剥離、内出血を引き起こす危険があります。とくに高齢のご利用者は皮膚が薄く関節の可動域も狭いため、軽い力でも大きなダメージにつながりやすい状態です。
また、引っ張られた瞬間にバランスを崩して転倒するリスクもあります。ご利用者が反射的に身体を引いた結果、介助者ごとバランスを崩して怪我をする危険もあります。
立ち上がりを補助する際は、引っ張るのではなく「自然な立ち上がり動作を引き出す」のが基本です。具体的には、肩甲骨や骨盤付近を支え、ご利用者の身体を前傾させて重心を足の裏の上に移動させます。
そのうえで、立ち上がる方向へやさしく誘導するように介助しましょう。ご利用者自身の力を活かすことで、介助者の負担も最小限に抑えられます。
なお、自力で立てない方や全介助の方への移乗介助は、より慎重な手順と福祉用具の活用が必要です。具体的な手順は以下の記事で詳しく解説しています。
NG行動④腰をひねって方向転換する
立ち上がったご利用者を車椅子へ移す際、自分の腰をひねって方向転換するのは介助者の腰痛を招くNG行動です。
重量物を持ったまま身体をねじる動作は腰部への負担が極めて大きく、厚生労働省『職場における腰痛予防対策指針』でも避けるべき動作として明示されています。
また、介助者の腰のひねりは支持基盤を不安定にし、ご利用者がバランスを崩す原因にもなります。結果として、ご利用者の転倒と介助者の腰痛を同時に招く二重のリスクがあります。
方向転換の際は、腰をひねるのではなく自分の足の位置を踏み替えて、身体全体で方向を変えるのが正解です。ご利用者の軸足を中心に、小さな弧を描くように一緒に回転するイメージです。
介助者の足は肩幅に開いて支持基底面を広く保ち、膝を軽く曲げて重心を低くすることで、安定した方向転換ができます。
同じ動きを繰り返す業務だからこそ、毎回の動作で腰をひねらない習慣をつけることが、介護職として長く働き続けるための土台になります。
NG行動⑤ブレーキ・フットレストの確認を怠る
「急いでいるから」とブレーキやフットレストの確認を省略するのは、移乗事故の代表的な原因です。
ブレーキがかかっていない車椅子はご利用者が体重をかけた瞬間に動き出し、転倒や転落を招きます。実際、移乗時の事故原因として車椅子のブレーキ忘れは新人・ベテラン問わず注意が必要なポイントです。
また、フットレストが下りたままだと、立ち上がる際にご利用者の足が引っかかったり、足元付近の鉄パイプにぶつけて皮膚剥離や内出血を起こしたりすることがあります。高齢のご利用者は皮膚が脆弱なため、軽くぶつけただけでも大きな傷になりかねません。
移乗介助の前には、必ず以下の3点を声に出して確認しましょう。
・車椅子の左右両方のブレーキがかかっているか
・フットレストは上げてあるか、または取り外してあるか
・移乗の動線上に障害物がないか
慣れてくるほど省略しがちな確認動作ですが、毎回の声出しチェックを習慣化することで、事故を未然に防げます。
「面倒な作業」ではなく「ご利用者と自分の身を守る基本動作」として捉えましょう。
移乗介助に使える福祉用具とノーリフティングケア
かつての介護現場では人力での移乗が一般的でしたが、現在は福祉用具を積極的に活用する『ノーリフティングケア』が標準的な考え方となっています。
ノーリフティングケアとは、「持ち上げない」「抱え上げない」「引きずらない」を原則として、福祉用具と組織的な取り組みでご利用者と介助者の双方を守るケアの考え方です。
厚生労働省は『移乗介助、入浴介助及び排泄介助における対象者の抱上げに際し、全介助の必要な対象者には、リフト等を積極的に使用することとし、原則として人力による人の抱上げは行わせないこと』と指針で明示しています。
また、座位保持が可能な方にはスライディングボード、立位保持が可能な方にはスタンディングマシーンの使用が推奨されています。
ここでは、現場で使われる代表的な4つの福祉用具を紹介します。
・スライディングボード(移乗用ボード)
・スライディングシート
・介助ベルト
・移乗用リフト
スライディングボード(移乗用ボード)
スライディングボード(移乗用ボード)は、ベッドと車椅子の座面の間に橋渡しのように置き、その上を滑って移乗するための板状の福祉用具です。
ご利用者を持ち上げる必要がなくなるため、介助者の腰への負担を軽減できます。
座位が保てる方や、上肢にある程度の力がある方に適しており、自力で滑って移れるケースもあるため自立支援にもつながります。
スライディングシート
スライディングシートは、滑りやすい素材でつくられた筒状やシート状の布です。
ベッド上での体位変換や移乗の際、ご利用者の身体の下に敷いてから引くことで、摩擦を減らしながらスムーズに移動させられるのが特徴です。
ベッドから入浴介助用のストレッチャーに移動させる場面や、ベッド上で上方移動する際に活用されています。
介助ベルト
介助ベルトは、ご利用者の腰まわりに装着し、介助者がベルトのグリップ部分を持って身体を支えるための福祉用具です。
ご利用者の衣服をつかまなくて済むため、安定した支持が得られると同時に、衣類の損傷やご利用者の不快感を防ぐ効果もあります。
立ち上がりの補助や回転動作の支えとして、移乗場面で幅広く活用されています。
移乗用リフト
移乗用リフトは、専用のスリングシート(吊り具)でご利用者の身体を包み込み、機械の力で持ち上げて移乗させる大型の福祉用具です。
自力での立ち上がりが困難な全介助の方や、体重が重い方の移乗に適しています。
天井に固定できるタイプやキャスター式などの種類があり、施設の環境やご利用者の状態に合わせて選定されています。
ノーリフティングケアについては、以下の記事にまとめていますので参考にしてください。
まとめ
移乗介助は、介護の現場で毎日繰り返される基本的な介助技術です。誤った方法で覚えてしまうと、ご利用者の転倒や骨折、皮膚剥離につながるだけでなく、介助者自身も腰痛やケガをする可能性があります。
安全に行うためには、まずご利用者の体調や周囲の環境を確認し、車椅子のブレーキやフットレスト、ベッドの高さなどを整えることが大切です。
そのうえで、正しい手順とボディメカニクスを身につけ、職場の福祉用具やノーリフティングケアの考え方も組み合わせて実践しましょう。
一人での介助に不安がある場合や、立位保持が難しい方を介助する場合は、無理に対応せず、ほかの職員に相談することも大切です。
焦らず、ひとつずつのステップを確認しながら、ご利用者にも自分にも安全な移乗介助ができる介護士を目指しましょう。
| この記事の執筆者 | 山田亮太 所有資格:介護福祉士・認知症実践者研修 2016年から特別養護老人ホームに勤務。日常生活支援から身体介護を経験し、リーダー業務にも就く。2019年に介護福祉士を取得し、2020年に認知症実践者研修を修了。 |
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