グループホームや特養、デイサービスなど認知症の利用者がいる介護施設では、「家に帰りたい」と訴えたり、荷物をまとめて帰る準備をしたりといった帰宅願望がよくみられます。
寄り添った対応を心がけていても、何度も訴えがあると、介護職員は大きなストレスを感じ、どう対応すればいいか悩むことも多いのではないでしょうか。
この記事では、帰宅願望のある高齢者への効果的な声掛けや対応について、具体的な事例を交えながら解説します。
目次
帰宅願望とは認知症でよく見られる症状の一つ
帰宅願望は、認知症の中核症状とともに本人の性格や生活歴、人間関係、環境、心理状態などに影響して起こる、BPSD(行動・心理症状)のひとつです。
中核症状の見当識障害や記憶障害によって、「今いる場所が分からない」と不安を感じ、安心できる場所である「家」に帰りたいという気持ちが強くなることがあります。
帰宅願望が強くなると、家を探して施設内を歩き続ける徘徊や暴言や暴力につながるケースもあり、対応に苦慮する介護職員は多いです。
帰宅願望によって帰りたいと訴える「家」は、住み慣れた家とは限らりません。小さい頃に過ごした家(実家)や長年通っていた病院など、人によって異なります。
多くは本人にとって落ち着ける場所・安心感が得られる場所が目的地です。
帰宅願望が強い高齢者の対応、声掛けのコツ
ここでは、帰宅願望が強い高齢者への対応や声掛けについて説明します。
帰りたい気持ちを受け止める
帰宅願望の対応は時間もかかりスムーズにいかないことも多いですが、一概に、
帰宅願望=問題行動
とはいえません。帰宅願望の言動には、本人にとって帰らなければいけない理由があるとされています。
介護職員を困らせようと思ったり、勝手な行動をしているのではなく、ただ純粋に「帰りたい」気持ちの表れです。
また、帰宅願望があるからといって家(先述した、本人にとって落ち着ける場所・安心感が得られる場所)に帰りたいわけではなく、生活環境や将来への不安や人間関係の問題などが帰宅願望として出ているケースも少なくありません。
帰宅願望が出ているのは、問題行動ではなく、寂しさや不安感、帰りたい理由や目的があるからです。帰りたいと思う理由や状況を理解し、本人の帰りたい気持ちに寄り添って対応しましょう。
原因となる不安を解消する
帰宅願望の原因は、以下のように人によって様々です。
・仕事や育児に奮闘していた頃に住んでいた場所に戻りたい
・昔の友達や両親に会いたい
・不安だから落ち着ける場所に行きたい
・体調不良によって不安定になっている
訴えに耳を傾け、理由や原因を理解し、安心感ある声掛けを行いましょう。帰宅願望が生じている理由や原因など、一人ひとりの状況に合わせた対応をすることが大切です。
話題を変える
帰宅願望が強い場合「ちょっと待ってください」「もう少しここにいてください」など、その場しのぎの対応は逆効果です。
「いつ帰れるのか分からない、早く帰りたいのに」と不安感が増し、混乱や暴言を招くことがあります。
「帰りたい」と訴えがあった場合には、家に帰りたい場合もありますが、安心したい・落ち着きたいといった気持ちが隠されているかもしれません。その気持ちを否定せず、帰りたい気持ちに共感しましょう。
「どこに帰りますか?」「今から用事ですか?」といったような、帰宅願望を受け止めた声掛けがおすすめです。
「子供の食事を作らないといけないから帰る」という場合には、「お子さんは何歳ですか?今日は何を作るんですか?」と話を広げると「帰りたい」という不安感を和らげることができるでしょう。
また、歩行できる方の場合は一緒に歩きながら話題を変えていく方法もあります。
「どこまで歩きますか?」と声掛けをしつつ、「バスの時間は大丈夫?車で送りましょうか」「車を準備する間、コーヒーでも飲んで待っていてください」という感じです。
コーヒーを飲んでいる間に「少し用事を手伝ってほしいんですが」とお願いをすると、帰りたい気持ちが薄れる場合もあります。
いきなり話題を逸らすのではなく、本人の気持ちを肯定した声掛けをしながら話題を少しずつ変えることが大切です。
施設に居場所、役割を作る
「施設の居心地が悪い」「どうやって過ごしていいか分からない」といった、不安な気持ちから帰宅願望となっている場合もあります。
知らない場所で過ごしていると帰りたい気持ちになるのは当然のことで、居心地も悪いでしょう。施設に居場所や役割を作り「自分はここにいてもいい」「必要とされている」と、安心感を持って過ごしていただくことが大切です。
例えば、施設に居場所や役割を作る方法は以下のようなものがあります。
・手芸や貼り絵、歌など本人の得意なことを活かせる趣味活動
・掃除のお手伝いやお花の水やりなどの施設内での小さな仕事
・他の利用者とのコミュニケーション
・昔の写真や思い出の品を飾るなどの部屋の環境作り
施設が安心して過ごせる居場所だと認識していただけるような工夫をしてみましょう。
帰宅願望の対応でしてはいけないこと
帰宅願望の対応でしてはいけない対応は、以下の3つです。
・否定する
・行動を制限する
・その場しのぎの対応をする
帰宅願望を訴える利用者に対して「問題行動だ」「認知症だから」と決めつけてケアをしていると、上記の対応をしてしまいがちです。不適切な対応は、帰宅願望やネガティブな感情を強くさせます。
ここでは、帰宅願望の対応でしてはいけない対応についてそれぞれみていきましょう。
否定する
帰宅願望が強い利用者に対して「家に帰れませんよ」と帰りたい気持ちを否定する声掛けは、NGです。
家に帰れない不安感や帰りたい気持ちが高まり混乱したり、帰宅願望が強くなる場合があります。
帰宅願望の強い方への対応は時間がかかるため、ついイライラしてしまうことがありますが、帰りたい気持ちに寄り添った声掛けを行うようにしましょう。
その場しのぎの対応をする
「家に帰る」と訴える利用者の帰宅願望に対して、「もう少ししたら家まで送りますね」「家族に聞いておきますね」と、誤魔化したり、その場しのぎの対応をしていませんか?
業務に追われる介護職は、その場しのぎの対応をして帰りたい気持ちが薄れるのを待っていることが多いでしょう。しかし、その場しのぎの対応は根本的な解決にならず、一時的な対応は逆効果です。
「いつ帰れるのか分からない、早く帰りたいのに」と不安感が増し、混乱を招くことがあります。
本人の気持ちに寄り添い、帰宅願望を訴える理由や要因を理解し、本人が抱える課題を解決しようとすることで帰宅願望の軽減につながるでしょう。
行動を制限する
帰宅願望が強い利用者の中には、以下のような行動をとる方がいます。
・玄関を探してフロアーを歩き回る
・他の入居者の部屋のドアを開ける
・フロア入り口のドアを強引に開けようとする
目的地を探して歩き回る利用者の行動を問題視し、制限や抑制する対応を行う施設があります。一時的に行動を制限することはできますが、帰宅願望を軽減させるケアにはつながりません。
施錠したり部屋から閉じ込める行為は、ストレスや帰宅願望を高める可能性があるため避けましょう。
グループホームにおける帰宅願望の事例と対応
ここでは、グループホームでの帰宅願望の事例と対応を紹介します。
事例:Aさん(80代女性)
物忘れが強くなり、日時や場所の感覚が薄れてきているAさん。以下のような行動が目立ちます。
・夕食の時間になると「子供にご飯を作ってあげないといけない」「うちに帰りたい」と訴え、フロアーを歩き回る
・エレベーター前で「帰らせてもらえるまで動かない」と座り続ける
・夕食の準備をしている職員の後をついて歩く
・他の利用者の居室ドアを開け、「玄関はここですか?」と勝手に入る
他の利用者からもクレームがあり、帰宅願望への対策を検討することになりました。
Aさんへの対応
職員間でカンファレンスを開催し、現在の状況と今後の対応について話し合いを実施。
・「帰りたい」と帰宅願望を訴えるのは15時のおやつ後からで、夕方の16時頃がピーク
・声掛けし、夕食が始まると落ち着くことが多い
・夕食準備の時間帯なので、対応できる職員が少ないから大変
などの意見が出され、Aさんの生活歴を見直すことに。
これまで専業主婦として過ごし、家族から「お母さんは料理が上手で、私たちが美味しいと言って料理を食べている姿を見るのが生きがいだったんです」と、話を聞きました。
そして、以下の対応を実践することにしました。
・料理が得意なAさんに夕食準備の手伝いをしていただく
(テーブル拭きや配膳準備、簡単な調理や盛り付けなど)
・「今日はお父さん(夫)が作るから大丈夫ですって」「娘さんから、食べて帰るからお母さんもせっかくだから外食してきて、と連絡がありましたよ」などの声掛け
対応後のAさんの変化
カンファレンスで話し合った対応策の後、Aさんに以下のような変化がみられました。
・夕食の準備を手伝っていただくことで「今日は何する?」と、意欲的になった
・役割を担うことでおやつ後の時間が楽しみになった
・得意な料理や家族が好きだったメニューの話題が増えた
・表情が明るくなり、「うちへ帰りたい」という言葉が減った
長年主婦として活躍されてきたAさんが、これまでの経験を活かして施設でもイキイキと過ごしていただけるように対応しました。
生活で役割を持つことで、Aさんの生活の一部を取り戻し、自己肯定感が高まり、帰宅願望の軽減につながった事例です。
帰宅願望が起きる原因
「家に帰りたい」という訴えに寄り添い、原因を理解することが質の高い認知症ケアの実践につながります。ここでは、帰宅願望が起きる主な原因について説明します。
認知症の記憶障害や見当識障害
帰宅願望は、認知症の中核症状(記憶障害や見当識障害)やBPSD(行動・心理症状)のひとつです。
・記憶障害:新しいことを覚えたり、覚えていたことを忘れる
・見当識障害:日時や場所が分からなくなる
認知症によって自分の居場所や日時が分からなくなり、状況の理解が難しくなります。そして不安感や孤独感、焦りなどから安心できる場所(住み慣れた家など)に行きたいと帰宅願望が生じるのです。
夕暮れ症候群による帰宅願望
夕暮れ症候群は、夕方にそわそわしたり、落ち着かなかったりして帰宅願望が強まる症状です。
デイサービスの送迎時間や夕食準備中など慌ただしい時間帯に多く、
・「子供の夕食を準備しないといけないから帰ります」
・「仕事が終わったから帰らないといけない」
など話す場合があります。
私たちも外が薄暗くなると焦燥感や寂しさを感じることがありますが、認知症の方は、特に不安感が強くなる傾向です。それと同時に、昔のことを思い出し「帰らなければ」と思ってしまいます。
夕方は忙しい時間帯ですが、帰宅願望の強い方に対して適切な対応が必要です。
施設環境に不安がある
施設での生活環境に不安やストレスを感じ、帰宅願望が生じる場合があります。
・部屋に馴染めない
・周囲が騒がしくて落ち着かない
・他の利用者との関係が構築できていない
施設に入居して間もない・居室が変更になったなど環境の変化も帰宅願望を引きおこす要因となります。
また、施設の慌ただしい雰囲気や介護職員の不適切な対応によっても、気持ちが不安定になることもあるでしょう。
・慣れ親しんだ家具を配置する
・花や絵を飾る
・落ち着けるスペースを作る
など、本人がリラックスできるような自宅に近い生活環境を整えることで、帰宅願望を軽減できる可能性があります。
介護されていることを受け入れられない
介護されている状況を受け入れられていないことや介護への抵抗感も、帰宅願望の原因のひとつです。
物忘れをする自分やできなくなったことが増えた自分を受容できず、元気だった頃に戻りたい気持ちが帰宅願望につながっている場合もあります。
帰宅願望を予防するには
帰宅願望を予防するには、以下2つのポイントが重要です。
1.施設を「安心できる居心地のいい場所」と認識してもらうこと
2.役割を持ちメリハリのある生活を送ってもらうこと
帰宅願望は不安感の訴えですので、施設での生活が安心できれば帰りたい欲求が軽減する場合があります。他利用者や職員とのコミュニケーションを通じ、安心して過ごせる環境整備が大切です。
また、施設内での生活に役割を持っていただくことで、「必要とされている」「居場所である」だと感じていただけるでしょう。
まとめ
帰宅願望は、「帰りたいのに帰れない」と感じる本人だけでなく、認知症ケアに携わる介護職員にとっても大きな負担となることがあります。
しかし「認知症だから帰宅願望があるのはしょうがない」「問題行動をしている」と決めつけるのではなく、本人の気持ちを否定せず、寄り添ったケアの実践が大切です。
忙しい毎日であっても、時折、パーソン・センタード・ケアの考え方に立ち戻ってみることも大切ではないでしょうか。
帰宅願望そのものにフォーカスするのではなく、生活歴の見直しや理由・原因を解決するための方法、一人ひとりに合った生活環境の整備など様々なアプローチを試してみることで、より効果的な対応が見つかるでしょう。
認知症の方とのコミュニケーションの取り方、対応の仕方については以下の記事でも解説しています。参考にしてみてください。
・認知症の方に言ってはいけない言葉とは?接し方・コミュニケーションのポイントを解説
・認知症の人にやってはいけないこととは?対応のポイントを解説
・認知症の方との接し方のポイントを解説!コミュニケーション方法
この記事の執筆者 | 吉田あい 保有資格:社会福祉士・介護福祉士・メンタル心理カウンセラー・介護支援専門員 現場、相談現場など経験は10年超。 介護現場(特別養護老人ホーム・デイサービス・グループホーム・居宅介護支援事業所)、相談現場を経験。 現在はグループホームのケアマネジャーとして勤務。 |
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