2024年4月から介護事業所に対して「BCP(事業継続計画)」の策定が義務化となりました。
近年でいえば、2020年からの新型コロナウイルス感染症の拡大によって、どの介護事業所でも感染症の対策、職員の調整など大きな苦労を経験されたのではと思います。この時も、介護施設においては非常時の対応・業務を継続するための備えが重要視されました。
また、感染症だけでなく、地震や水害などの自然災害が発生する危険も近年増加しています。介護施設は有事こそ継続が求められますので、BCPの策定は義務化に関わらず、非常に重要だといえます。
ここではBCP(業務継続計画)とはどういうものか、BCPが必要な理由や策定のポイント、策定しなかった場合にどんなリスクがあるのか、などを解説します。
目次
介護施設のBCP(業務継続計画)とは

BCPとは、Business Continuity Planの略であり、事業継続計画、業務継続計画と呼ばれています。
自然災害や事故・感染症などにより大きな被害が生じた場合も、事業を中断させない、もしくは中断した場合に出来る限り早期に復旧させるための方針、体制、手順などを示した計画となります。
また、BCPは策定して終わりではありません。万が一の際に業務を継続させるための計画です。しっかりと職員が運用できる内容にし、不測の事態に対応できるように取り組む必要があります。
そのためには施設で働く全ての介護職員がBCPの内容を理解し、いざという時に適切に対応できるように、定期的に研修などを実施するといったことも重要でしょう。
BCPが必要な理由
災害などの発生時に備えて、「防災計画」「防災マニュアル」を備え置いている介護事業所も多いと思います。防災計画ではなくBCPが必要な理由は、「防災計画」は利用者や職員の生命を守ることに主眼が置かれており、安全を確保できることがゴールとなっているからです。
介護事業は、むしろそうした事態が起きた時こそ事業継続が求められます。サービスが停止となれば、日常生活を送ることさえも難しい方が大勢います。事業の継続、利用者や職員の生命を守るには、事前の準備が大切となり、そのためにBCPの策定が必要になります。
介護施設へのBCP義務化の背景
BCP策定が2024年4月から義務化された背景として、自然災害や感染症などが発生した場合であっても、利用者の生命と安全を守るため、介護事業者はサービスを継続して提供することが求められることがあります。
これまで、大規模な自然災害が発生した際には、多くの介護サービスが運営上の困難に直面するケースが発生していました。しかし、要介護者は停電などで医療機器が止まることが命の危険に直結する場合もあり、備えは必須であることは明白です。
そのため、感染症や災害が発生した場合であっても、利用者の生活・生命を維持するために必要なサービスが安定的、継続的に提供される体制を構築することを目指した改定が行われ、2024年4月からBCPの策定が義務化となりました。
介護施設のBCPに記載すべき2つの項目
BCP策定の際には、盛り込む主な項目として「自然災害への対策」と「感染症への対策」があります。厚生労働省が公開しているガイドラインにも以下の2種類があります。
・感染症編
・自然災害編
参考:介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修資料・動画|厚生労働省
BCPを作成するときは、この2つのポイントを軸にして取り組んでいくとよいでしょう。
自然災害への対策
自然災害発生時は、利用者と職員の安否確認を行うことが最優先となります。状況によっては、サービスを一時的に停止せざるを得ない場合もありますが、業務の優先順位を見極めつつ、安全確保と復旧作業を並行して進めることになります。
その場合、状況に応じてどう対応すればよいのでしょうか。また、災害発生前の準備や訓練などをどのように行えばよいでしょうか。自然災害発生時への対策として、下記などを挙げることができます。
・自然災害による被害を最小限に抑えるため、正確な情報集約と判断が出来る体制を構築する。
・自然災害対策を「事前の対策」と「被災時の対策」に分けてそれぞれ準備する。
・限られたリソースで業務を継続するために、業務に優先順位をつけておく。
・食品や水などを必要数備蓄しておき、定期的に期限などを確認する。
・有事の際に迅速に対応できるように、ToDoリストにやるべきことをまとめておく。
・定期的に訓練と研修を行い、策定した計画を実行できる体制を構築しておく。
・有事の際に避難所としての機能を果たせるように、職員の取るべき行動、やるべきことを確認しておく。
感染症への対策
インフルエンザウイルスや新型コロナウィルスのような感染症が蔓延すると、介護サービスをご利用されている方は、高齢で持病のある方が多いため、重症化しやすくなります。
感染症が発生した際には、利用者や他の職員への影響を最小限にとどめるため、業務縮小や一時閉鎖などを検討する必要があります。
介護施設内で感染者が増えると、隔離場所の設置やスタッフの人員調整など多くの課題が現れ、事業の継続が難しくなることも考えられます。
利用者や職員の誰かが感染した場合に備え、また万が一感染者が増えた場合においても、サービスを継続できる計画を作ることが重要です。感染症への対策として、考えられるものには次の5つがあります。
・事業所内を含めた関係者との情報共有と役割分担を定め、感染症発生時の対応判断や連絡体制を構築する。
・感染が拡大しないように、消毒や面会の禁止など拡大を防止する対策を事前に定めておく。
・職員の不足によりケアの質が低下しないように、対応できる職員を確保できる体制を構築する。
・重要業務の継続を念頭に、職員の出勤状況に応じて対応できるよう、あらかじめ業務の優先順位を整理しておく。
・定期的に訓練と研修を行い、BCP計画が実行できる体制を構築しておく。
介護施設がBCPを策定するメリット

介護施設がBCPを策定する大きなメリットは、自然災害や感染症の流行などの緊急事態が発生した場合においても、介護サービスの提供を継続できることです。やはり普段からの備えがなければ、有事には利用者の安全・安心を確保するための適切な対応を取るために、職員一人ひとりが行動することは難しいといえます。
その他にもBCP策定によるメリットは複数あります。主なメリットを以下にご紹介しますので、確認してみてください。
利用者・職員・事業を守ることが出来る
BCPの策定によって、緊急事態に直面した際にも、人命を守るための適切な対応をとりながら、事業の早期復旧に向けての行動を取りやすくなります。介護サービスを必要としている方にとって、緊急時はさらにサポートが必要なケースが増えます。
緊急時においても、継続的に最低限のサービスを提供するためのBCPがあることにより、サービスを受ける方はもちろん、サービスを提供する職員の業務面・心理面の負担を大きく減らすことができます。
利用者へのサービス提供への被害を最小限に抑えることができ、また、安全面に配慮された事業所として、利用者・家族・地域の信頼を得られるメリットもあります。
補助金を受けられる
BCP(業務継続計画)を策定した後、実行のためにはコストが発生します。例えば、施設・設備を継続して利用するためには電力は欠かせません。停電時でも介護施設で必要な電力を確保するためには、太陽光発電システムと蓄電システムの導入などが必要でしょう。これらの導入には安くない費用が必要です。
必要な予算の全てを自社で賄うのではなく、補助金を利用する方法も検討することをおすすめします。一定の要件を満たした介護事業者がBCPを策定・実践した場合は、自治体からの補助金・助成金を受給できる可能性があり、費用負担を軽減することができます。
自施設のある自治体でも補助金・助成金を用意しているか確認し、活用することでBCP対策にかかるコストを抑えながら有事に備えることができます。
自治体によって制度や申請手順は異なります。各自治体の問い合わせ窓口などへ確認してみるとよいでしょう。
税制優遇・金融支援が受けられる
BCPを策定し、中小企業強靭化法に基づく「事業継続力強化計画」の認定を取得した介護事業者は、防災のための設備を導入して事業に使用した場合に、税制優遇や金融支援を受けることができます。
ワクチンを優先的に接種できる
感染症発生時のBCPを策定している介護施設の職員は、新型インフルエンザ等対策特別措置法の第28条に基づき、感染拡大時にワクチンの優先接種が受けられます。
参考:新型インフルエンザ等対策特別措置法 | e-Gov 法令検索(特定接種)
施設の業務や人員配置を見直すことで経営改善につながる
BCPの策定に伴い非常時のリスクを分析し、業務の優先順位を明確にすることで、施設の業務や人員配置の見直しにつながる可能性があります。BCPも考慮しながら、適切な人員配置が可能になることで業務効率化やコスト削減が期待できます。
また、通常時においても感染症対策を強化すること等にもつながるため、利用者やご家族からの信頼も高まり、安心してサービスを利用してもらえるようにもなるでしょう。施設に対しての安全・安心という評価は、経営にプラスに働きます。
BCP義務化に従わない場合のリスク
BCP義務化に従わない場合、どういったリスクがあると考えられるでしょうか。
2024年4月までの経過措置期間までに、BCPを策定していなかった場合には、BCP未策定減算が適用となり、施設や居住系サービスでは3%、その他のサービスでは1%の減算となります。
訪問系サービス、福祉用具貸与、 居宅介護支援については2025年4月から1%の減算となります。
注意すべきは減算は算定要件であり、今年4月からの義務化は運営基準である点です。運営指導において未作成が発覚した場合は、運営基準違反として指導対象となります。指導に従わない場合は、指定取消などの行政処分となる恐れもあります。
他に考えられるリスクとして、BCPが整備されていないことで利用者、職員の健康などに被害が出た場合には、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を問われる恐れがあります。
また、BCPの策定はしていたが、職員に対して周知されておらず、運用ができていなかった場合にも、同様に安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を問われる恐れがあります。
損害賠償責任を問われることは事業者として致命的だといえます。利用者や職員を守り、事業の継続を維持するためにもBCP導入はとても重要だといえるでしょう。
介護施設におけるBCP策定の手順
厚生労働省は、介護施設・事業所における業務継続ガイドラインを公開しています。
感染症発生時と、自然災害発生時に分けてガイドラインが公開されており、BCP(事業継続計画)のひな形や様式ツールなども併せて公開されています。
参考:介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修資料・動画|厚生労働省
自然災害BCPの策定方法・手順
例として自然災害BCPの策定方法・手順をご紹介します。自然災害におけるBCPを策定する際には、自然災害対策を「事前の対策」と「被災時の対策」に分けて、同時にその対策を準備するようにしましょう。例えば、以下のような準備が挙げられます。
■事前の対策(平時における準備)
・オムツや飲食物などの備蓄品のリストアップと確保
・耐震設備や水害対策など、建物や設備に関する安全対策
・ライフライン(電気・ガス・水道など)停止への備えや行動指針の作成
■被災時の対策(災害が発生した場合)
・BCP発動の基準を決め、対応の拠点や体制作りをあらかじめ定めておく
・補助金の手続きや復旧に向けた対応の準備
・利用者の安否確認、ケア体制の確保
・職員の安否確認方法、職員の参集基準
・業務の優先順位の整理
・他施設や行政などとの連携
自然災害は、いつ、どこで起きるかわかりません。BCPの策定に当たっては、各事業所に合った内容で、実効性のあるものにするために職員1人1人が様々なシーンを想定しながら、何をすべきなのかをあらかじめ考えておくことが重要になります。
介護施設におけるBCP策定のポイント・注意点
実際に介護事業所がBCPを策定しようと考えた場合、何に気をつければ良いでしょうか。策定する時に、整理・準備しておきたい主な取り組みとして、以下の内容を確認することがポイントとなります。
・各項目(誰が・いつ・何をするか等)ごとに担当者を決めておく
・連絡先を整理しておく(家族、行政、外部事業者、職員など)
・緊急時に必要な物品の確認し、平時から準備しておく
・事業所で決めたことを職員間で共有しておく
・定期的な研修、見直しを行う
BCPは策定して終わりではありません。重要なことは、計画に沿ってしっかりと対策・準備を進めることです。
また、万が一の状況が発生したときには、職員の行動が非常に重要となります。リーダーや管理職、経営層がすぐに動けない可能性も考慮すべきでしょう。職員一人ひとりが有事に適切な行動を取るためには、普段からの研修が欠かせません。
有事において、利用者の安全・安心を守りつつ、職員や施設も守れるようにBCPに関しての研修を定期的に行い、かつ現状に合わせた内容にBCPを見直していくことが大切です。
まとめ
介護業界は、緊急時に早期復旧とサービスの継続が強く望まれる業界です。もしまだBCPを未策定であれば、早急に作成が必要だといえるでしょう。また既に策定していた場合でも、定期的に内容を見直すことが重要です。人員体制、設備投資なども時間の経過とともに状況が変わるでしょう。
BCP策定の過程で、自施設に足りないものが見えてくることもあります。人員が慢性的に不足しており、有事の際に職員不足が発生する可能性が非常に高い、といった問題が明らかになった場合、定着率を高める施策も同時に行うなどが必要かもしれません。設備投資の予算が不足する場合、補助金の活用も検討してみてください。
解説したBCP策定のポイントやメリットを確認し、それぞれの事業所に合ったBCPを策定するようにしていくことが重要です。
この記事の執筆者![]() | シフトライフ編集部 主に介護業界で働く方向けに、少しでも日々の業務に役立つ情報を提供したい、と情報発信をしています。 |
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