高齢者虐待防止措置未実施減算は、2024年度(令和6年度)の介護報酬改定で創設され、高齢者虐待防止の推進のため導入されました。まだ新設されて間もないため、内容や要件について不安な方も多いのではないでしょうか。
加算や減算は施設運営にも関わるため、介護報酬の算定に関わる方は、高齢者虐待防止措置未実施減算についてしっかり理解することが大切です。
そこで今回は、高齢者虐待防止措置未実施減算の概要や算定要件、単位などを解説しますので、介護職の方や算定に関わる方は、ぜひ参考にしてください。
目次
高齢者虐待防止措置未実施減算とは
2024年度の介護報酬改定において、新たに高齢者虐待防止措置未実施減算が導入されました。利用者への虐待を防ぐための取り組みが不十分な場合に、介護報酬が減算されるというものです。
2021年度の介護報酬改定では、全サービスの介護事業者に虐待の発生・再発を防止するための委員会の開催、指針の整備、研修の実施、担当者を定める等、高齢者虐待防止対策が義務付けられました。
その後3年の経過措置期間を経て2024年4月から適用され、虐待防止の取り組みが行われていない介護サービス事業所については基本報酬が減算されるため、十分に注意が必要です。
参照:厚生労働省 令和6年度介護報酬改定における改定事項について
高齢者虐待防止措置未実施減算の背景と目的
高齢化が進む中で、高齢者に対する虐待が社会問題となり、介護施設や居宅での虐待事件が報道されることも少なくありません。国は、虐待が増加している状況を深刻に受け止め、高齢者の人権を守り、安全な暮らしを保障するために高齢者虐待防止措置未実施減算を導入しました。
2024年(令和6年)3月に報告された厚生労働省『高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業の報告書』によると、養介護施設従事者等による高齢者虐待に関する2022年(令和 4 年度)の相談・通報件数は以下のとおりです。
・市町村が受理したもの:2,795 件
・都道府県が直接受理したもの: 31 件
・合計: 2,826 件
2021年(令和 3 年度)の相談・通報件数は2,390 件なので、比較すると 405 件(16.9%)増加しています。虐待の事実が認められた事例数についても、2021年(令和 3 年度)が739件、2022年(令和 4 年度)では856 件と117件(15.8%)の増加です。
参照:厚生労働省 高齢者虐待の実態把握等のため調査研究事業報告書
本来、安全に過ごせるはずの介護施設で介護従事者から高齢者虐待を受けるという事件はあってはならないことです。介護施設は外部からの目が届きにくい空間なので、高齢者虐待が発見された際には手遅れになっていたケースも少なくありません。
高齢者虐待防止措置未実施減算は、利用者の人権と安全な生活を守ること、そして介護従事者による高齢者虐待を未然に防ぐための対策のひとつです。
高齢者虐待防止措置未実施減算の対象サービス
高齢者虐待防止措置未実施減算の対象となるサービスは、居宅療養管理指導と特定福祉用具販売を除く、全ての介護サービスです。福祉用具貸与については、サービス提供の内容が他サービスと異なること等から3年間の経過措置期間が設けられています。
高齢者虐待は、どの介護サービス事業者においても発生する可能性があるため、全ての介護サービスが対象となっています。
居宅療養管理指導と特定福祉用具販売が対象外となった理由は、いずれも介護施設等のサービスと比べると身体への直接的な関わりが少ないため、虐待の発生リスクが他の低いとされているからです。
高齢者虐待防止措置未実施減算の算定要件
高齢者虐待防止措置未実施減算は、虐待の発生又はその再発を防止するための措置が講じられていない場合に減算されます。
厚生労働省が掲げる虐待の防止に向けた措置は、以下の4つです。
・高齢者虐待の防止のための対策を検討する委員会(テレビ電話装置等の活用可)を定期的に開催し、職員等に周知徹底を図る
・高齢者虐待防止のための指針を整備する
・高齢者虐待防止のための研修を年1回以上の実施する
・高齢者虐待防止措置を適正に実施するための担当者を定める
上記4つの措置が1つでも欠けている場合は、虐待が発生していなくても減算の対象となります。
参照:厚生労働省「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)(令和6年3月15 日)」P100~P102
高齢者虐待防止措置未実施減算の単位数
高齢者虐待防止の対策を講じていない場合には、高齢者虐待防止措置未実施減算の適用により、所定単位数の100分の1 (=1%)に相当する単位数が減算されます。
厚生労働省の『令和6年度介護報酬改定における改定事項について』によると、減算される単位数の目安は、以下のとおりです。
(以下引用)
所定単位数から平均して7単位程度/(日・回)の 減算
高齢者虐待防止の対策が講じられていない場合、以下の流れとなります。
1.速やかに改善計画を都道府県(指定地域密着型サービスの場合は市町村)に提出
2.事実が生じた月から3月後に改善計画に基づく改善状況を都道府県知事(指定地域密着型サービスの場合は市町村長)に報告
3.事実が生じた月の翌月から改善が認められた月までの間について、利用者全員について所定単位数から減算
高齢者虐待の防止効果を高めるには
令和6年3月に報告された厚生労働省『高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業の報告書』によると、養介護施設従事者等による虐待の発生要因と割合は以下のとおりです。
1.教育・知識・介護技術等に関する問題:56.1%
2.職員のストレスや感情コントロールの問題:23.0%
3.虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等:22.5%
4.倫理観や理念の欠如:17.9%
5.人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ:11.6%
6.虐待を行った職員の性格や資質の問題:9.9%
7.その他:3.5%
参照:厚生労働省 高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業の報告書
介護従事者による高齢者虐待の要因の上位は、スタッフの知識やスキル不足、ストレスです。また風通しの悪い人間関係や管理体制なども虐待を助長しやすく、虐待の発生に気づいても報告しにくい環境であることが考えられます。
虐待防止対策のポイントは以下の3つです。
・予防
虐待のリスク要因を発見し、未然に防ぐ
・発見
早期発見し、適切に対応する
・再発防止
虐待が起こった原因や状況を検討し再発防止に取り組む
「予防」「発見」「再発防止」3つの柱に基づいた、発生要因を防ぐための取り組みが大切です。では次に、高齢者虐待の防止効果を高める方法についてみていきましょう。
高齢者虐待防止研修の実施
介護職の中には、虐待につながる恐れがある言動であると認識していない場合や「認知症だから何を言っても分からない」など間違った考えをしている場合も少なくありません。高齢者虐待の防止効果を高めるためには、まず研修を通じて虐待に関する知識を身につけることが重要です。
高齢者の心理やコミュニケーションスキル、虐待事例など入職前・入職後の研修を徹底し、知識や介護技術のスキルアップを図りましょう。また、認知症ケアや精神科医療などの外部の専門家による研修も効果的です。
スタッフのストレスケア
介護職は、以下のようなことが原因で、ストレスを抱えやすい傾向があります。
・仕事のしんどさ
・利用者や家族とのコミュニケーション
・職場の人間関係
・将来の不安
・介護業務のプレッシャー
・給与や待遇面の不満
業務におけるストレスは、判断力や注意力の低下だけでなく介護の質の低下につながる可能性があります。優しさや思いやりを持ったケアを提供できず、虐待につながる不適切なケアをしてしまう恐れもあるでしょう。
不適切ケアを防ぐためにも、以下のような働きかけ、環境の整備が大切となってくるでしょう。
・相談しやすい人間関係の構築
・虐待等の相談窓口の設置
・働きやすい環境づくり
・スタッフへの配慮
自分自身がうまくストレスと向き合うとともに、管理者やリーダーは、スタッフへのストレスケアを実践し、働きやすい職場環境づくりを行うことが大切です。
自分自身も含めて、部下の介護職員などストレスを抱えていないか様子に気を配り、変化に気付くことが重要です。適切にストレスケアを行うことは、質の高い介護を提供することにもつながります。介護現場のストレスマネジメントについては、以下の記事を参考にしてみてください。
また、不適切なケアに関しては以下の記事にてまとめています。時折、再確認をすることも大切ですね。
虐待防止マニュアルの活用
介護施設内での高齢者虐待の防止効果を高めるためには、虐待防止マニュアルの制定が必要です。
虐待防止マニュアルには、以下の内容を記載します。
・どんな言動が虐待にあたるのか
・虐待の兆候
・虐待防止委員会の設置
・虐待の早期発見や通報義務
・虐待が発生したときの対策
・虐待防止のための取り組み
スタッフ一人ひとりが虐待防止マニュアルを遵守することで、業務や利用者との関わり方のスキルアップが可能です。
マニュアルを作成するだけでなく、定期的な研修や情報共有を行い、全職員がマニュアルの内容を理解し、実践していきましょう。また、継続的な虐待防止対策や職場の体制作りも重要です。
虐待防止マニュアルはスタッフ間で周知徹底し、いつでも確認できるような場所に設置しましょう。
参照:厚生労働省 市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について
高齢者虐待防止措置未実施減算のQ&A
問 167
高齢者虐待が発生していない場合においても、虐待の発生又はその再発を防止するための全ての措置(委員会の開催、指針の整備、研修の定期的な実施、担当者を置くこと)がなされていなければ減算の適用となるのか。
(答)
・ 減算の適用となる。
・ なお、全ての措置の一つでも講じられていなければ減算となることに留意すること。
問 168
運営指導等で行政機関が把握した高齢者虐待防止措置が講じられていない事実が、発見した日の属する月より過去の場合、遡及して当該減算を適用するのか。
(答)
過去に遡及して当当該減算を適用することはできず、発見した日の属する月が「事実が生じた月」となる。
問 169
高齢者虐待防止措置未実施減算については、虐待の発生又はその再発を防止するための全ての措置(委員会の開催、指針の整備、研修の定期的な実施、担当者を置くこと)がなされていない事実が生じた場合、「速やかに改善計画を都道府県知事に提出した後、事実が生じた月から三月後に改善計画に基づく改善状況を都道府県知事に報告することとし、事実が生じた月の翌月から改善が認められた月までの間について、入居者全員について所定単位数から減算することとする。」こととされているが、施設・事業所から改善計画が提出されない限り、減算の措置を行うことはできないのか。
(答)
改善計画の提出の有無に関わらず、事実が生じた月の翌月から減算の措置を行って差し支えない。当該減算は、施設・事業所から改善計画が提出され、事実が生じた月から3か月以降に当該計画に基づく改善が認められた月まで継続する。
引用:令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)令和6年3月15日
まとめ
高齢者虐待防止措置未実施減算について解説しました。高齢者虐待防止措置未実施減算は、高齢者虐待を防止し、人権の尊重や安全な生活を守るための制度です。虐待防止のための必要な措置を講じていない場合、介護報酬が減算されるため、運営にも大きな影響を与えるでしょう。
高齢者虐待防止に取り組む介護施設は多いですが、依然として介護従事者による虐待は後を絶たず、深刻な社会問題となっている現状があります。虐待防止について研修の実施やマニュアルの活用など、組織全体での取り組みと一人ひとりの意識と行動を高めることが大切です。
日々の業務をこなしながら委員会や研修を実施するのは大変ですが、高齢者虐待防止に取り組むことは、質の高いケアの提供や介護施設の円滑な運営につながります。高齢者虐待防止措置未実施減算を理解することは、介護報酬の算定を正確に行うだけでなく、利用者の方々への安全なサービス提供にもつながります。
本記事を参考にしていただき、高齢者虐待防止措置未実施減算について理解を深め、日々の業務に活かしてください。
この記事の執筆者 | 吉田あい 保有資格:社会福祉士・介護福祉士・メンタル心理カウンセラー・介護支援専門員 現場、相談現場など経験は10年超。 介護現場(特別養護老人ホーム・デイサービス・グループホーム・居宅介護支援事業所)、相談現場を経験。 現在はグループホームのケアマネジャーとして勤務。 |
当サイトでは介護報酬改定に関して、以下のような記事を掲載しています。
合わせてご覧ください。
・【2024年介護報酬改定】高齢者虐待防止措置未実施減算とは?算定要件、単位数などについて解説
・【2024年度介護報酬改定】デイサービスに新設される加算の種類
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