2024年(令和6年度)介護報酬改定では、「良質な介護サービスの効率的な提供に向けた働きやすい職場づくり」が重点ポイントとして示されています。
高齢化社会において、介護を担う職員の不足は以前より大きな問題となっています。そのため、処遇改善加算の創設や更なる待遇改善のための特定処遇改善加算やベースアップ等支援加算など様々な方策が取られてきました。
一方で介護現場には、人材確保と同時に効率的な働き方や生産性向上が求められています。介護は労働集約型産業であり、人が人を見る現場のため、効率だけでは図れない部分もありますが、職場環境の改善は介護業界の課題です。
今回は、2024年介護報酬改定で新設された「生産性向上推進体制加算」について、算定の要件やポイント、注意点等について詳しく見ていきます。
目次
生産性向上推進体制加算とは?
「生産性向上推進体制加算」は、2024年(令和6年度)の介護報酬改定で新設された制度です。
この制度では、介護現場の生産性を向上させるために、介護ロボットやICTなどのテクノロジーを活用し、質の高いケアを提供しながら職員の負担を軽減することを目的としています。
生産性向上推進体制加算では、サービスの質の確保と職員の負担軽減に資する方策を検討し、それを実施することを評価する加算となっています。定期的な改善効果のデータを提出することや委員会の設置も義務付けられています。
生産性向上推進体制加算の対象事業者
生産性向上推進体制加算の算定対象になるサービスを厚生労働省の資料で見ると、
「短期入所系サービス、居住系サービス、多機能系サービス、施設系サービス」
と書かれています。サービスコード表で確認をすると、具体的には以下のサービスが対象になっています。
・特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)
・介護老人保健施設(老健)
・介護医療院
・特定施設入居者生活介護(介護付き有料老人ホーム)
・ショートステイ(短期入所生活介護、短期入所療養介護)
・小規模多機能型居宅介護/看護小規模多機能型居宅介護
・認知症対応型共同生活介護(認知症グループホーム)
また、それぞれ予防・地域密着型サービスも対象になっており、泊まりを伴う介護サービスが生産性向上推進体制加算の対象サービスと覚えるとわかりやすいと思います。
生産性向上推進体制加算の算定要件と単位数
生産性向上推進体制加算は、加算(Ⅰ)と加算(Ⅱ)に分けられており、加算(Ⅰ)は加算(Ⅱ)より上位の区分となり、取得のハードルは高いですが単位数が高くなっています。
加算(Ⅰ)を算定するためには加算(Ⅱ)の要件を満たした活用が行われ、かつ一定期間が経過した後に加算(Ⅱ)を算定する流れになります。そのため、まだテクノロジーの活用などのデータが蓄積していない施設では、まずは生産性向上推進体制加算(Ⅱ)の取得を目指し、その後に加算(Ⅰ)へステップアップしていくことを検討するとよいでしょう。
生産性向上推進体制加算(Ⅰ)(新設)
生産性向上推進体制加算(Ⅰ)の具体的な算定要件と単位数は以下の通りです。
・生産性向上推進体制加算(Ⅰ) 100単位/月
①加算(Ⅱ)の要件を満たし、(Ⅱ)のデータにより業務改善の取組による成果が確認されていること。
※具体的な内容は後述します。
②見守り機器等のテクノロジーを複数導入していること。
※具体的な内容は後述します。
③職員間の適切な役割分担(いわゆる介護助手の活用等)の取組等を行っていること。
④1年以内ごとに1回、業務改善の取組による効果を示すデータの提供(オンラインによる提出)を行うこと。
生産性向上推進体制加算(Ⅱ)(新設)
生産性向上推進体制加算(Ⅱ)の具体的な算定要件と単位数は以下の通りです。
・生産性向上推進体制加算(Ⅱ) 10単位/月
①利用者の安全並びに介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会の開催や必要な安全対策を講じた上で、生産性向上ガイドラインに基づいた改善活動を継続的に行っていること。
②見守り機器等のテクノロジーを1つ以上導入していること。
③職員間の適切な役割分担(いわゆる介護助手の活用等)の取組等を行っていること。
④1年以内ごとに1回、業務改善の取組による効果を示すデータの提供(オンラインによる提出)を行うこと。
生産性向上推進体制加算(Ⅰ)と(Ⅱ)の違い
生産性向上推進体制加算(Ⅰ)は、加算(Ⅱ)の上位の区分となっているため、加算(Ⅱ)を満たしそのうえで、要件を満たせば加算(Ⅰ)の算定が可能です。
具体的な違いは、加算(Ⅰ)では、加算(Ⅱ)を満たしたうえで以下が行われていることです。
・加算(Ⅱ)の成果により生産性の向上が進んでいることを示すことができる
・見守り機器等のテクノロジーを複数(加算(Ⅱ)は1つ以上)導入している
・職員の役割分担の取り組みが行われている
なお、加算(Ⅰ)と加算(Ⅱ)は同時に算定することはできません。また、従来より生産性向上に資する取組を進めている施設等においては、加算(Ⅱ)のデータによる業務改善の取組による成果と同等以上のデータを示す等の場合、すぐに加算(Ⅰ)を取得することも可能です。
加算(Ⅰ)の場合、ひと月100単位なので利用者が100名であればひと月あたり約10万円、年間で約120万円程度の増収を目指すことが可能です。加算(Ⅱ)の場合、1/10の金額になりますが、今まで金額面で機器の導入が難しかった施設でも、加算により恒常的に収入が期待できることで、機器の導入のきっかけになるでしょう。
生産性向上推進体制加算の算定要件を満たすための取り組み・ポイント
生産性向上推進体制加算では、介護ロボットやICT等のテクノロジーが活用され利用者の生活の質の向上や職員の働きやすさなどが求められています。そこで、機器を導入して終わりとならないよう定期的な評価や委員会の開催などにおいて継続的に生産性向上について改善活動をすることが求められています。
また、業務改善の取組による効果をオンラインでデータ提供することも求められていますので、どのようなポイントがあるか見ていきます。
見守り機器等のテクノロジーの要件とは
生産性向上推進体制加算(Ⅱ)では、1つ以上の見守り機器等の導入、より上位の区分である加算(Ⅰ)では複数の見守り機器等が導入されている必要があります。
具体的な見守り機器等がどのようなものか見ていきます。
見守り機器
見守り機器はすべての居室に設置する必要があります。具体的にはセンサーマットや赤外線センサー、立ち上がりを感知するセンサーなどの機器で、以下の要件に当てはまるものです。
利用者がベッドから離れようとしている状態又は離れたことを感知できるセンサーであり、当該センサーから得られた情報を外部通信機能により職員に通報できる利用者の見守りに資する機器をいう。
なお、見守り機器を居室に設置する際には、利用者のプライバシーに配慮する観点から、利用者又は家族等に必要な説明を行い、同意を得ることとし、機器の運用については、当該利用者又は家族等の意向に応じ、機器の使用を停止するなどの運用は認められる。
インカム等の職員間の連絡調整の迅速化に資するICT機器
同一の時間帯に勤務するすべての介護職員が使用することとされており、以下の要件に当てはまるものです。
インカム(マイクロホンが取り付けられたイヤホンをいう。)等の職員間の連絡調整の迅速化に資するICT機器(ビジネス用のチャットツールの活用による職員間の連絡調整の迅速化に資するICT機器も含む。)
介護記録ソフトウェアやスマートフォン等の介護記録の作成の効率化に資するICT機器
訪問系のサービスでは、スマートフォンやタブレットから、リアルタイムで記録ができるシステムを導入する事業所が増えています。
施設介護では、Wi-Fiが整っていなかったり、複数の機器を用意する必要があったりとまだ設備が整っていない施設も多いかもしれません。具体的には、以下の要件に当てはまるものとされています。
介護記録ソフトウェアやスマートフォン等の介護記録の作成の効率化に資するICT機器(複数の機器の連携も含め、データの入力から記録・保存・活用までを一体的に支援するものに限る。)
業務改善の取り組みによる効果を示すデータについて
業務改善の取り組みによる効果を示すデータとして、以下の項目が示されています。
そのうち、加算(Ⅱ)において求められるデータは、以下の①②③とされています。
①利用者のQOL等の変化(WHO-5等)
②総業務時間及び当該時間に含まれる超過勤務時間の変化
③年次有給休暇の取得状況の変化
④心理的負担等の変化 (SRS18等)
⑤機器の導入による業務時間(直接介護、間接業務、休憩等)の変化(タイムスタディ調査)
また、加算(Ⅰ)における業務改善の取組による成果が確認されていることを示さなくてはなりません。具体的には、以下の要件を満たす必要があります。
・ケアの質が確保(①が維持又は向上)
・職員の業務負担の軽減(②が短縮)
・③が維持又は向上が確認されている
このように見ると、特に加算(Ⅰ)については、要件も細かく内容の把握や職員の管理についても一定のハードルがあることがわかります。
生産性向上推進体制加算 データ提出について
生産性向上推進体制加算の実績報告については、下記の別紙1を利用して報告することとされています。
厚生労働省HPより
(別紙1)生産性向上推進体制加算に関する取組の実績報告書(毎年度報告)
しかし、2024年(令和6年)4月の時点では、どのようにデータ提出が行われるかは示されていません。『「電子申請・届出システム」を活用したオンラインによる提出を予定している』、とされており、詳細については別途通知される予定です。
また、報告にあたって指定する保険者が委員会の開催状況や検討状況について確認できるよう議事の概要を提出する必要があります。その他にも、厚生労働省が行う調査等への協力も求められる予定になっています。
介護分野で生産性向上が求められる背景
介護分野では以前より生産性の向上が課題とされてきました。主な背景として以下のような点が考えられます。
高齢者人口と介護需要の増大と労働力人口の減少
高齢者の数が増えるにつれて、介護の必要性も高まっています。しかし、介護業界だけでなく、労働力全体の数は減少傾向にあります。DX化やICTの導入など、生産性を高める取り組みが多くの業界で進められていますが、介護業界もその例外ではありません。
今後さらに増えるであろう介護の需要に対応するためには、限られた労働力を効率的に活用することが急務です。
介護サービスの質の維持
効率的な業務運営には、テクノロジーの活用が不可欠です。介護は人の手によるサービスが中心ですが、質の高いサービスを提供するためには、テクノロジーを駆使することが求められます。
これまでの経験や勘に頼るのではなく、進化した機器やテクノロジーを活用することが求められています。それらが介護報酬として評価されてきたということは、介護施設としてもそれらに対応していかなくてはいけないことを示しています。
社会保障費の増大
介護保険制度の開始以来、給付額は増加の一途をたどっています。介護保険の自己負担割合の議論もありますが、給付額の増加を抑えるためには、私たち介護業界の職員が生産性を高め、コスト増加を抑制することが求められます。
これまで、介護ロボットやICT機器の導入を支援する補助金や制度がありましたが、実際には施設にとって使い勝手が良いとは言えませんでした。機器の導入には補助金があっても、維持やメンテナンス、更新のコストが発生します。これらが恒常的な加算として評価されるようになったことは、介護施設にとって新しい取り組みへの動機付けになります。
一方で、個人的な考えではありますが加算の取得のための要件がかなり細かく、また決して単位数も大きくはありません。今後、もう少し要件を緩和したうえで、多くの施設でも気軽に加算取得ができる制度になると、生産性の向上に取り組む施設が増えるのではないかと感じます。
まとめ
ここまで、2024年度の介護報酬改定に伴い導入された「生産性向上推進体制加算」に関して見てきました。詳細な内容はまだ固まっていないものの、早期に委員会を立ち上げ、必要な機器を準備することで、加算の適用を目指す準備を始めましょう。
介護業界では、社会からの要請として生産性の向上が期待されています。また、テクノロジーを活用することで、より働きやすい環境を整えることができ、これは職員の採用にも好影響を与えるでしょう。
職員採用も多くの介護施設の課題といえます。ICT活用事例に見られるように生産性向上につながるもの、介護職員の労働環境の改善につながるものなどがあります。リーダーや管理者の時間創出という視点も重要ですが、その改善には自動シフト作成ソフトの活用も効果的です。
新しい取り組みは労力を要しますが、最終的には職員の働きやすさと介護の質を高めることに繋がり、これが加算として認められることは、生産性の向上に向けた取り組みを促進することを意味します。
この記事の執筆者 | 伊藤 所有資格:社会福祉施設長認定講習終了・福祉用具専門相談員・介護事務管理士 20年以上、介護・医療系の事務に従事。 デイサービス施設長や介護老人施設事務長、特別養護老人ホーム施設長を経験し独立。 現在は複数の介護事業所の経営/運営支援をしている。 |
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