高齢社会が進んでいる日本では、2025年に65歳以上の5人に1人が認知症になると言われています。認知症になると、脳の障害により認知機能が低下し、日常生活に支障をきたします。認知症になった家族や、介護サービスの利用者とのコミュニケーションがうまくいかず、悩んだことのある方も多いのではないでしょうか。
皆さんは「認知症ケア」の中で、現在大きな注目を集めている「バリデーション療法」をご存じでしょうか?バリデーション療法は、認知症の方との効果的なコミュニケーション法として、世界中で認められています。
この記事では、そんな「バリデーション療法」について基本的な考え方から、実践するためのポイントや注意点を詳しく解説しています。ぜひ最後まで読んで、認知症の方に寄り添った温かいケアにつなげていきましょう。
目次
認知症の方とのコミュニケーション法「バリデーション」とは?
まず初めに「バリデーション」について解説します。
バリデーションとは認知症ケア技法の一つ
そもそも「バリデーション」とは「検証・証明・承認・妥当性の確認」などの意味を持つ言葉で、さまざま業界で使用されています。介護業界では1963年にアメリカ人ソーシャルワーカーのナオミ・フェイル氏によって考案された認知症ケア技法として「認知症高齢者の感情を認め、無条件で承認する」という意味で用いられています。
認知症に対するアプローチには、薬物療法と非薬物療法がありますが、バリデーション療法は非薬物療法に含まれます。非薬物療法は、薬物療法に比べてエビデンスが乏しいものの、近年は認知機能の改善や、QOLの向上、認知症高齢者の心のケアのために、薬物療法と組み合わせて行うことで効果が認められてきています。
バリデーションの目的
認知症の方は、認知機能の低下によって、自分の気持ちを表現することが難しくなり、周囲や社会から孤立してしまう傾向にあります。そこで、バリデーション療法を用いることで、認知症の方の尊厳を回復し、周囲からの孤立防止が期待できます。
認知症の方への対応に関しては様々な意見があり、本人が感情的にならないよう配慮し、日常をなるべく穏やかに過ごしてもらおうという考え方もあります。しかし、バリデーションは真逆のアプローチ方法です。
一般的には避けられるような、悲しみ・怒り・不安といったマイナスの感情も抑え込むことなく表出してもらい、その感情をしっかり受け止めて、認知症の方の本当の思いを引き出します。
本当の思いを引き出す目的は、その方の「人生における未解決の課題」への取り組みを支援することにあります。認知症高齢者は「元気な頃の自分自身」「住み慣れた生活環境」「家族」を徐々に喪失することで、常に心にぽっかりと穴のあいたような喪失感を抱えていると言われています。
これらの大きな喪失感を抱えた認知症の方の苦しい気持ちに寄り添って支援することで、尊厳を回復し、人生の意味や価値を再確認できるでしょう。
バリデーションの基本的な態度
ここからは、介護者がバリデーションに取り組む際の基本的な「態度」について5つご紹介します。
傾聴する
傾聴とは、ただ話を聞くだけではなく、相手が伝えたいことを理解しようと耳を傾けることをいいます。「耳」だけでなく「目」や「心」など、五感を使って相手の話に耳を傾けます。その姿勢は相手にも伝わり、信頼関係の構築にもつながります。
例えば、認知症の方に「部屋に誰かがいる」と言われたら、まず「どんなひとですか?」「どのあたりにいますか?」と、本人に見えている世界を理解しようと、質問してみましょう。
共感する
バリデーションでの共感とは、介護者が客観性を保ちながら、対象者が感じていることを自分のこととして感じようとすることをいいます。「もし自分が相手の立場だったらどう思うか」を考えて対応するようにします。
表面的にただ話を合わせるだけでは、共感とはいえず、その場をごまかしているだけになりかねません。また、客観性を失い「それは可哀想だな」などと思うことは、共感ではなく同情になってしまうため注意が必要です。
受容する(強制しない)
認知症の方の発言や行動には、必ず理由があります。話を聞いていると、現実とは全く異なることを話されることもあります。
そのような場合でも、現実に引き戻そうと無理に誘導したり、否定したりせず「あるがまま」を認めて、ご本人の世界に近づこうと努めることが大切です。
誘導しない
話を聞く際には、介護者が対象者のペースに合わせることが大切です。認知症の方に対しては忍耐が必要なことかもしれませんが、会話の誘導はしてはいけません。
介護者は対象者の姿勢や話し方、表情や呼吸まで一致させて、ペースを合わせていきます。普段の生活上では、認知症の方にすべて合わせて行動するのは難しいかもしれませんが、バリデーションではゆっくりと、対象者のペースに合わせましょう。
嘘をつかない・ごまかさない
発言に対して、嘘をついたりごまかしたりすることは、対象者の感情にふたをすることにつながります。たとえば「家に帰りたい」と訴えられたときに、「もうバスがないので諦めましょう」「お茶でも飲みましょう」と言った声かけは介護業界ではよく聞きますが、対象者の本当の気持ちに気づくきっかけは失われます。
バリデーションでは、このような声かけは避けましょう。また、このような介護者主体の言動をしていては信頼関係も築けません。
バリデーションの14の基本的なテクニック
基本的態度が理解できたら、バリデーションの基本的なテクニックについても知っておきましょう。14個ありますが、全てを実施する必要はありません。
対象者の反応を見ながら、実践できそうなテクニックから試してみてください。
(1)センタリング
センタリングは、介護者が精神を集中させることを言います。介護者自身が怒りや不安などの感情を抱えたまま会話すると、対象者の話を傾聴する余裕が持てませんし、その気持ちも相手に伝わってしまいます。
対象者の感情だけではなく自分の感情にも敏感になりましょう。モヤモヤしているときには、深呼吸や瞑想などで、心の中に抱えたマイナスの感情を追い出します。
(2)オープンクエスチョン
「はい」か「いいえ」で答えられる質問ではなく、「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「どのように」というように、自由に回答できる質問を投げかけます。「いつ誰と何をしたのですか?」と一度で複数のことを尋ねると認知症の方は混乱してしまうため、「それはいつですか?」とシンプルに尋ねることもポイントです。
「なぜ」という聞き方は認知症の方にとっては少し難しい場合もあります。スムーズに気軽に答えられるような質問をすることも重要なテクニックです。
(3)リフレージング
会話の中で重要だと感じた言葉をそのまま繰り返します。例えば「テレビを観るのは嫌いなの」と言われた場合は「テレビを見るのが嫌いなのですね」のように返答します。
闇雲に反復するのではなく、話すトーンやテンポは相手に合わせるようにするのもポイントです。相手の伝えたいことを、きちんと見極めてリフレージングすることで「思いが伝わった」と安心してもらうことができます。
(4)極端な表現をする
「最低」「最高」「これまでで一番」など、極端な表現で質問することで、認知症の方は自身の感情を想像・表現しやすくなります。
例えば「腰が痛い」と言われた場合は「これまでの人生で一番痛いのですか?」と返します。このような問いかけによって、極端な状況をイメージすると「いや、そこまでではないな」「あのときはズキズキだったけど、今はチクチク痛い」など、自分の状況を具体的に理解しやすくなります。
最善・最悪など、表現をストックしておくと、いざというときに便利ですよ。
(5)反対のことを想像する
反対のことを想像させることで、過去の経験からの対処法を思い起こさせ、ネガティブな感情をポジティブに変えていくことができます。
例えば、「財布が盗まれた」と言われたら「盗まれていない物は何ですか?」と返します。認知症の周辺症状には「物を盗られた」「悪口を言われている」などの被害妄想もあります。
そのようなネガティブな感情から視点を変えるためにも、このような声かけが有効な場合があります。
(6)レミニシング
レミニシングとは、過去のことについて質問することで懐かしい昔話を引き出すことです。何度も繰り返し話す昔話には、人生で大事にしている価値観や心残りとなっている未解決の問題など、重要なメッセージが込められていることが多々あります。
それらのヒントを知ることで、より対象者への理解が深まり、問題を解決するきっかけにもなるでしょう。
(7)曖昧な表現を使う
何を話しているかよくわからない場合には、曖昧な表現を使うと無理なく会話を続けることができます。相手の発言が上手く聞き取れなかったときでも、そこで諦めてしまうと、その話を深く知る機会はなくなってしまいます。
そんなときでも「それは楽しいのですか?」「どのような感じなのですか?」と返すことで、会話を続けることができます。
(8)好きな感覚を用いる
視覚や嗅覚や触覚など、対象者が好きな感覚を見つけて話すことで、相手の感情を引き出しやすくなります。
「ふわふわして気持ち良いですね」「どのような香りが好きですか?」「キラキラしていて綺麗ですね」など、感覚を言葉で表現してみましょう。
(9)アイコンタクト
話す際には、対象者の真正面に座って相手の目をしっかり見ます。高齢者の視野は思っている以上に狭いです。目線の高さも合わせて、相手への好意が伝わるように温かい目で接しましょう。
「あなたをしっかり受け止めますよ」という気持ちが伝わり、安心感を持ってもらうことができます。
(10)タッチング
バリデーションには「アンカードタッチ(目的を持って認知症の方に触れる)」という方法があります。
母のタッチング:手のひらで頬をなでるのを繰り返す
父のタッチング:頭頂部から後頭部を丁寧になでおろす
子のタッチング:首の後ろを指先でなでる
友のタッチング:肩を包み込むようにし、上腕部へなでおろす
話の内容や目的に応じて、触れる方法を変えると効果的でしょう。触られることに抵抗する様子がみられた場合は無理に続けず、中断してください。
(11)はっきりとした低い優しい声で話す
高齢者は高音が聞き取りにくい傾向にあるため、低く、優しい声ではっきりと話すようにしましょう。優しく落ち着いた声で話すことで安心してもらえます。
相手の感情に共感して、話し方やテンポも合わせることがポイントです。
(12)音楽を使う
相手が好きな曲や思い出の曲を、一緒に歌ったり聴いたりすることでコミュニケーションを取るテクニックです。歌を聴いて過去を思い出すことで、気持ちを落ち着かせる効果が期待できます。
(13)ミラーリング
自分が鏡になったつもりで、真正面に向き合って、相手の動作や姿勢、声の大きさ、話し方を同じように真似します。これにより感情を共有する効果が期待できます。
ただし、認知症がまだ進行していない方に行うと、馬鹿にされていると思われる場合があるため注意しましょう。
(14)満たされていない人間的欲求と行動を結びつける
認知症の方の問題行動には「感情を発散したい」「人の役に立ちたい」「愛されたい」という人間的欲求が隠されていることがあります。対象者の満たされていない欲求はどれに当てはまるのかを考えつつ、なぜその言動をしたのか想像してみましょう。
バリデーションに期待できる効果
バリデーションによる効果が期待できるのは、認知症の方だけではありません。接している家族などの介護者にも期待できる効果があります。
認知症の方に期待できる効果
2010年に行われた「バリデーションの効果に関する研究」では、バリデーションによって、認知症の方には
・感情の表出が増える
・他者との関わりが増える
・行動・心理症状(BPSD)が減少する
・身体機能が回復する
といった効果が確認されています。
( 引用:都村尚子・三田村知子・橋野健史(2010)認知症高齢者ケアにおけるバリデーション技法に関する実践的研究関西福祉大学紀要14 pp.1-18 )
バリデーションにより感情を表出しやすくなると、自身の中でくすぶっていた気持ちが整理されます。また、感情を周囲の人に受け止めてもらうことは、自信や尊厳の回復などにもつながります。
ご家族、介護従事者に期待できる効果
バリデーションによって介護者に起きた変化についても、いくつかの研究論文が発表されています。それらの論文では、介護者は
・認知症の方の状態を理解できる
・気持ちに余裕が持てる
・介護への自信や意欲が高まる
といった効果が明らかになっています。
( 引用:
都村尚子・三田村知子・橋野健史(2010)認知症高齢者ケアにおけるバリデーション技法に関する実践的研究関西福祉大学紀要14 pp.1-18
都村尚子(2015)バリデーション研修プログラムが職員に及ぼす効果の可能性に関する研究日本福祉のまちづくり学会福祉のまちづくり研究17(1)pp.13-20 )
認知症の方の言動に共感し、理解することで信頼関係を深められます。信頼関係が深まれば、介護者のフラストレーションが軽減され、自分の仕事や役割に自信が持てるようになるでしょう。
バリデーション以外の認知症ケア
高齢化は世界でも進んでおり、認知症ケアについても各国で様々な取り組みがされています。ここからは近年注目されている、バリデーション以外の認知症ケアを2つご紹介します。
ユマニチュード
ユマニチュードとは「人間らしさを取り戻す」ことを意味するフランス語で、フランス発祥の認知症ケアの技法のことです。「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱を基本とし、「あなたは大切な人ですよ」というメッセージを伝え、認知症高齢者の人間らしさを尊重します。
パーソンセンタードケア
パーソンセンタードケアとは、認知症高齢者を一人の「人」として尊重し、その人の立場に立って考え、ケアを行おうとする認知症ケアの考え方です。「その人らしさ」「人となり」を維持向上させることを目標としています。この考え方は1980年代のイギリスで提唱されました。
まとめ
今回は、認知症ケアの1つとして注目されている「バリデーション」についてお伝えしました。バリデーションは認知症の方に対してだけでなく、介護者にとってもメリットの多い技法として世界的に評価されています。
認知症の方の感情表出を促し、気持ちに寄り添うことで、より本質的なコミュニケーションを図ることが期待できます。
とはいえ、日々の忙しない認知症介護で完璧に取り入れることは難しいかもしれません。それでも、自分の気持ちや希望を表現することが難しく、孤立しがちな認知症高齢者にとって、自分に関心を持って話を聞いてくれる人は、貴重で温かい存在となるのではないでしょうか。
本記事でご紹介しましたコミュニケーション法「バリデーション」を活用し、ぜひ寄り添った介護に活かしてみてください。
この記事の執筆者 | 槇野りっか 保有資格: 看護師 急性期病院で看護師として2年勤務、その後特養で介護士として半年、看護師として5年勤務、介護業界で仕事をしてきました。 現在は介護・福祉系ライターとしても活動中。 |
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当サイトでは認知症に関して、以下のような記事を掲載しています。
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