みなさんは「せん妄」という言葉を聞いたことはありますか?せん妄とは、病気や薬などの影響で起こる一過性の意識障害のことをいいます。高齢者に発症することが多く、認知症と症状が似ており、適切な対応ができず治療が遅れてしまうこともあります。
身近な高齢者が「声をかけても反応が悪い」「なんだかいつもと違う」「急に興奮して手がつけられない」というときは、もしかしたらその方はせん妄を起こしているかもしれません。
本記事では、せん妄の特徴・症状を説明するとともに、認知症との違いや対処法について解説します。この記事を読めば、せん妄の特徴について理解でき、せん妄の早期発見や適切な対応につなげられるでしょう。
目次
認知症とは
まず認知症について簡単に解説します。「認知症」とは、何らかの脳の疾患により脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、脳の認知機能が後天的に失われ、社会生活に支障をきたした状態をいいます。
認知症の症状には、脳障害そのものが引き起こす「中核症状」と、環境の変化や身体状況、周囲の関わり方などが関与して引き起こる「周辺症状」があります。
認知症の主な症状
認知症の主な症状として、以下のようなものがあります。
・何度も同じことを話したり、聞いたりする(記憶障害)
・注意力や集中力が低下し、同時に2つのことをするのが難しくなる(実行機能障害)
・時間や場所がわからなくなることがある(見当識障害)
・会話がうまく続かなくなる(失語・失認)
・幻覚や妄想など、辻褄の合わない言動
・睡眠のリズムが崩れ、昼夜逆転する
せん妄とは
せん妄とは、脳が何らかの影響で機能不全を起こすことによる、軽度の意識障害のことをいいます。注意や理解、記憶などの機能が急激に低下し、さまざまな精神症状が現れます。
せん妄は、入院患者の20~30%に起こるといわれており、高齢者や認知症を発症している方はさらにリスクが上がります。原因や状況により現れる症状にも個人差があり、認知症やうつ病といった症状と間違われることもあります。
せん妄の主な症状
せん妄の主な症状として、以下のようなものがあります。
・ぼんやりして注意力・集中力が続かない
・感情が不安定になる
・幻覚や妄想など、辻褄の合わない言動
・夜に興奮して昼夜逆転する
せん妄の種類
せん妄は、
・過活動型
・低活動型
・混合型
の3つの種類に分けられます。ここでは、それぞれの種類について詳しく解説していきます。
過活動型
過活動型は、平常時よりも落ち着きがなくなることが特徴です。
過活動型の具体的な症状は
・興奮して暴力的になる
・理由もなくイライラする
・点滴のカテーテルなどを抜いてしまう
・妄想や幻覚が現れる
などがあります。
過活動型は、興奮のため夜間に睡眠が取れず、昼夜が逆転し睡眠障害を併発することも多いです。認知症の行動・心理症状と症状が似ているため、認知症と間違われることもあります。
低活動型
低活動型は、普段よりも活動量が衰えることが特徴です。
低活動型の具体的な症状は、
・無気力な状態が続く
・声をかけても反応が乏しい
・食事の量が減る
・目の前にいるひとが誰か認識できなくなる
・日にちや曜日を忘れる
などがあります。
低活動型は、過活動型のように介護に障害が出たり症状がわかりやすいといった特徴がないため見過ごされたり、うつ病と間違われたりすることがあります。
混合型
混合型は、過活動型と低活動型の特徴が混在するせん妄です。夜間は過活動型、日中は低活動型といったように、24時間でそれぞれの症状が現れます。
せん妄と認知症の違い
せん妄と認知症には、共通してみられる症状があり誤認されやすいです。それぞれの異なる特徴をきちんと理解することで、適切な対応がとれるでしょう。
認知症と比較すると、せん妄には「急激に発症する」「1日の中でも症状に波がある」という特徴があります。せん妄は短期間のうちに発症し、認知症はゆっくりと時間をかけ長期的に進行します。
また、せん妄は1日のうちにふだんどおりの状態に戻ったり興奮したりと変動がみられます。特に夜間せん妄と言われ、夕方から夜間にかけて興奮状態になることもあります。
せん妄 | 認知症 | |
発症 | 急激に | ゆっくり・徐々に |
初期症状 | 幻覚・妄想・興奮 | 記憶障害 |
主な症状 | 注意散漫・集中力欠如 | 時間や場所の見当識障害 |
日内変動 | 夕方~夜間に悪化することが多い |
変動は少ない |
症状の持続時間 | 数時間~数日 | 永続的 |
治療の可能性 | 多くは可能 | しばしば困難 |
せん妄を引き起こす因子
せん妄は、準備因子・直接因子・促進因子の3つが影響しあうことで発症します。
準備因子
準備因子は、その人が元々持っている、せん妄になりやすいとされる要因を指します。
例えば、高齢であること、認知症を発症していること、パーキンソン病や脳卒中などの脳血管障害の既往があること、ADLが低下している状態にあることがあげられます。
直接因子
直接因子は、直接せん妄の原因となるような、脳の機能に悪影響を与える出来事や環境の変化などを指します。
例えば、手術を受けた、せん妄の要因となるような薬を使用した、病気など身体状態に大きな変化があったなどの要因があげられます。特に、手術の後に発症するせん妄は「術後せん妄」と呼ばれ、珍しいものではありません。
薬についても、せん妄を起こす可能性のあるものはたくさんありますが、特に脳に作用する向精神薬や睡眠薬は、よりリスクが高いでしょう。
促進因子
促進因子はせん妄を引き起こしやすくしてしまう因子のことを指します。
例えば、入院や施設への入居、騒音のする部屋に長時間居座る、痛みや苦痛などによるストレスなど、置かれた環境や社会心理、コントロールの効かない状況があげられます。
環境の変化やストレスにより、睡眠リズムも崩れることでせん妄を誘発したり、長期化させてしまうこともあります。
これらの3つの因子の関係は、「焚火」に例えられることがあります。準備因子が薪、直接因子がマッチやライター、そして促進因子が油です。
燃えやすい木や燃えにくい木があるようにせん妄になりやすい条件があり、その薪は自然発火するわけではなく、体の病気や薬、入院や手術といった火が着く原因があります。そこに油が注がれるようなことがあれば状態はさらに悪化する、という例えです。
せん妄の予防方法
せん妄への対応で最も重要なことは発症を予防することです。高齢者は一般的にせん妄の発症リスクが高いため、普段から発症予防を意識した関わり方をすることが重要です。
生活リズムを整える
せん妄の予防・改善には、夜間に睡眠をしっかりとり、生活リズムを整えることが大切です。夜間にしっかり眠るためには、日中は趣味や活動を促して覚醒しておく必要があります。
時計やカレンダーをよく目につくところに置き、生活リズムを整えられるようにサポートすることも有効です。
また、日光を浴びるとメラトニンという睡眠を調整するホルモンの分泌が抑えられ、脳が活動モードに切り替わります。それに伴い、夜間もぐっすり眠れるでしょう。日中はカーテンやブラインドを開けて、日光を取り入れるようにしましょう。
痛みなどの身体的な症状の改善
痛みやかゆみ、便秘などの苦痛は、せん妄を引き起こす大きな要因のひとつです。症状を和らげるため、鎮痛薬やかゆみ止め、便秘薬などの薬剤を使用することも有効です。
薬剤によってはせん妄リスクの高いものもあるため、医師と相談しながら処方してもらいます。身体的なストレスを減らして、健康的に過ごせるように努めましょう。
環境を整える
入院や施設入所などによる環境の変化は、せん妄のリスクが高いです。生活の場が変わったとしても、好きな音楽を流したり、好きな服を着たり、使い慣れた日用品を使用するなど、以前の生活や習慣をできる限り取り入れるようにしましょう。
変化による不安感がきっかけで、せん妄を発症することがあります。
原因疾患の特定・原因と考えられる薬剤の中止
せん妄を認めた際には、発症の原因として身体疾患が隠れている可能性があります。また、使用している薬剤が原因になっている場合もあります。
これらを改善せずに対応をしても、せん妄は良くなりません。原因となりうる疾患や薬剤がないか、医師に鑑別してもらう必要があります。
せん妄かも?と思ったとき、どうすれば良い?
身近な高齢者の様子がおかしい場合、特に興奮状態になった際には、周りの方が慌ててしまうこともあるかもしれません。しかし、焦って対応するのは本人をさらに興奮させ、症状を悪化させてしまう可能性もあるため、落ち着いて対応しましょう。
せん妄は、医師でなければ鑑別するのはとても難しいものです。そのため、せん妄かなと思ったら出来る限り早く、医療機関を受診して医師の診察を受けるようにしましょう。
せん妄は症状が強くなればなるほど改善も困難になります。悪化をする前に対応することが重要です。医療機関で原因になっている異常を早く特定して治療するようにします。
自宅で介護している時、家族の対応
自宅でみている家族の様子が急に変わってしまったら、困惑してしまうご家族も多いでしょう。まずは慌てずに、本人の言動や様子を注意深く観察しましょう。
様子が変わってしまった前後で、内服薬が変わったり、体調の変化がなかったかを振り返り、ためらわず早めに医師に相談するようにします。
過活動型のせん妄を起こしている場合は、興奮して攻撃的になり、本人も家族も怪我をしてしまう可能性もあります。できるだけ周囲から危険なものは排除します。
施設に入居している方の場合、職員の対応
施設に入居している場合は、食事や活動など生活リズムがある程度管理されていることも多いでしょう。施設に入居している方の場合、入居したての時期はせん妄リスクが高まる可能性があります。
環境の変化によるストレスが要因となるため、できるだけそれまでの生活を尊重する必要があります。家族の写真を置いたり、ベッドの向きや家具の位置などに配慮することも有効です。
また、入所したてだと、その方の様子が把握しきれていないこともあります。攻撃的な性格だと思ったら実はせん妄を起こしていたということもあるかもしれません。
家族へ面会を促したり、情報収集することも大切です。自宅での介護と異なり、施設では複数の職員が関わるため、密な情報共有も重要です。先述のように、様子がおかしいと感じたら早めに医師へ相談しましょう。
まとめ
せん妄とは、症状は認知症と似ていますが、高齢者に多く発症する意識障害の一種です。特徴としては、突然発症すること、症状が1日の中で変化すること、適切な対応をすれば多くの場合改善することがあげられます。
せん妄と認知症は、それぞれの症状が似ていることから、継続的に注意深く観察しないと、判断ができない場合が多いです。
せん妄の予防と治療には、周囲のひとの経験や知識、本人への理解や関心が欠かせません。具体的な症状を把握したうえで、かかりつけ医、または精神科医へ相談し、早期発見・早期治療につなげるようにしましょう。
この記事の執筆者 | 槇野りっか 保有資格: 看護師 急性期病院で看護師として2年勤務、その後特養で介護士として半年、看護師として5年勤務、介護業界で仕事をしてきました。 現在は介護・福祉系ライターとしても活動中。 |
当サイトでは認知症に関して、以下のような記事を掲載しています。
合わせてご覧ください。
・認知症ケア「パーソン・センタード・ケア」とは?5つの要素も解説
・認知症の方とのコミュニケーション法「バリデーション」とは?実践方法やポイントを解説!
・認知症介護基礎研修が2024年から義務化!対象者や研修内容、費用を解説!
・認知症の方とのコミュニケーションに悩む方へ、接し方のポイントを解説
・認知症の症状別対応のポイントを解説!やってはいけない対応とは?