エンパワーメントは、介護を受ける人が、自分の人生を主体的に生き、QOL(生活の質)を高めることができるよう、その人が持つ能力や可能性を引き出すことです。
介護・福祉の現場では、利用者の自立を促し、その人らしい生活を送れるようサポートすることが求められています。エンパワーメントは、利用者自身の力を引き出し、より良い生活を目指す考え方で、利用者だけでなく介護スタッフ、人材育成を担う施設運営にとって不可欠です。
この記事では、エンパワーメントの意味や、エンパワーメントを介護の現場でどのように実践できるのかを具体的に解説します。介護職の方や介護施設のリーダー、管理者の方は、ぜひ参考にしてください。
目次
エンパワーメントとは
エンパワーメントは、英語の「empower」を語源とした社会福祉の分野で取り入れられた理念です。
ブラジルの教育思想家であるパウロ・フレイレが提唱し、社会的に不利な状況に置かれた人々が本来持っている能力や長所、力に注目し、強みを引き出すことを目的にしています。
エンパワーメントとは簡単にいうと、「権力や能力をあたえる」という意味です。この後ご紹介する介護や福祉分野だけでなく、教育やビジネスなどさまざまな場面で注目されている考え方です。
介護・福祉におけるエンパワーメントとは
従来の介護・福祉におけるケアの考え方は、できないことや不足していることに注目したケアです。
一方で、エンパワーメントは、その人が本来持っている力や強み、可能性を重視したケアをします。例えば、年齢を重ねている方や障がいを抱えている方でも、その人の強みや得意なことがあるでしょう。
エンパワーメントによって利用者が自分の可能性に気づき、自信を持って自分の力で生活を送れるようにサポートすることが大切です。主体的な行動によって、より豊かな人生を送ることができるでしょう。
参照:身体障害者ケアガイドライン
介護施設におけるエンパワーメント
エンパワーメントは、利用者の自立と生きがいをサポートするだけでなく、介護職員の仕事へのやりがいやモチベーションにも影響します。
ここでは、介護施設における利用者と介護職員、それぞれのエンパワーメントについてみていきましょう。
利用者へのエンパワーメント
介護施設に入居する利用者へのエンパワーメントでは、利用者の主体的な生活を目指します。例えば、以下のような取り組みが重要です。
・情報提供や選択肢を提供し、自己決定をサポートする
・受動的ではなく能動的な行動を促す
・生きがいや役割意識を持ち過ごしていただく
・エンパワーメントを意識した言葉がけをする
介護施設では、多くの行動が「される」行為であり、どうしても受動的に過ごしてしまいますが、エンパワーメントを意識したケアでは、利用者が能動的に行動できるようにサポートします。
例えば、介護施設では以下のようなエンパワーメントの取り組みがおすすめです。
・利用者同士の交流
カラオケや手芸、絵手紙など共通の趣味や活動を行う利用者同士のグループ活動を通じ、社会参加や交流を深めます。
・食事のメニューの選択
利用者とともに、食事のメニューを選ぶ機会を作るのもひとつの方法です。メニューの選択が難しい場合は、月に1度食事会議などを開催し、希望のメニューを聞くのも良いでしょう。
・家事の役割分担
介護施設での生活援助を利用者同士で話し合い、希望や得意なことに合わせて役割分担することで、メリハリのある生活につながります。できることをできる範囲で行っていただくことが大切です。
エンパワーメントはできないことではなく、できることに注目し、その中での主体的な行動・自己選択をサポートします。
日々の言葉がけやコミュニケーションにおいて、利用者が前向きになれるような言葉や態度で接することを心がけましょう。
介護職員へのエンパワーメント
利用者へエンパワーメントを重視したケアを提供するには、介護職員がエンパワーメントの意識をもつ必要があります。そのために、例えば以下のような取り組みができるでしょう。
・研修や資格取得などスキルアップをサポートする
・チームケアを強化する
・主体的な業務に取り組む
研修や資格取得で介護職員がスキルアップをすることで、利用者のニーズや価値観を理解し、一人ひとりに合わせたケアの実践が可能です。また、チームケアを強化することで、エンパワーメントを重視したケアを施設全体で取り組み、業務に対しても主体的に取り組めるようになるでしょう。
介護施設のリーダーや管理者は、研修や勉強会の開催や積極的に意見交換できる風通しのいい人間関係などの職場環境づくりに取り組み、介護職員のエンパワーメント実践をサポートすることが大切です。
介護施設でエンパワーメントを推進するメリット
介護施設でエンパワーメントを推進することは、利用者と介護職員にとって多くのメリットがあります。例えば、以下のようなメリットがあげられます。
利用者へのメリット
利用者にエンパワーメントを実践することで、以下のようなメリットが期待できます。
・その人らしい生活
利用者自身が主体性を持ち自己決定できることで、ストレスなく自立した生活を過ごせます 。
・QOL(生活の質)の向上
活動への参加や役割を持つことで、生活への満足度が高まり、前向きな気持ちで生きがいのある生活を送ることができるでしょう。積極的な行動や意欲向上によってADL(日常生活動作)の維持・向上や認知症の進行を穏やかにする効果も期待できます
・社会交流の機会
他の利用者との交流や地域の活動への参加によって、社会性が生まれます。社会交流を深めることで、孤独感の解消にもつながるでしょう。
エンパワーメントによって、介護されるだけでなく、介護が必要になっても役割を持ち自分らしい人生を歩むことが可能です。利用者の意見や行動を尊重することで意欲を取り戻し、前向きな生活が送れるようになるでしょう。
介護職員へのメリット
エンパワーメントは、利用者だけでなく介護職員にも大きなメリットがあります。
・仕事へのやりがいやモチベーションの向上
利用者が活気良く過ごす姿を間近で見ることで、仕事へのやりがいやモチベーションが向上し、介護観も深まるでしょう。
・自己成長とスキルアップ
エンパワーメントの実践には、新しい知識や情報にアンテナを張り、スキルアップすることが求められます。研修の参加や資格取得を目指すことで、アセスメントスキルやコミュニケーションスキルを向上させ、一人ひとりに合わせたケアの提供が可能です。
新しい知識やスキルを身につけることで、専門性を高め、自己成長を実感できるでしょう。
・質の高いケアの提供
介護職員一人ひとりがエンパワーメントを意識することで、利用者のニーズに合わせた個別ケアが可能です。利用者の満足度の向上や施設全体の活性化につながり、より良い施設運営にもつながります。
このように、エンパワーメントは、利用者や介護職員、施設にとって多岐にわたるメリットがあります。
利用者の強みや得意なことに注目し、その人らしい生き方をサポートすることで、より質の高い介護サービスが提供できるようになるでしょう。
介護施設ではエンパワーメントを意識した支援が大切
介護施設において、介護職員と利用者間で「介護を受ける側」「介護をする側」に分かれ、対等な関係ではない場合も少なくありません。しかし、エンパワーメントを意識した支援を取り入れることで、それぞれが対等なパートナーとしてより良い関係を築くことができます。
介護保険法の目的は、介護が必要な状態になっても「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むこと」とされています。
参照:厚生労働省 介護保険法 第一章 第一条
介護現場では、介護を受ける側と介護をする側に「してもらっている」「してあげている」という上下関係はなく、対等な関係としてお互いが生活を創り上げていく「共生」の視点が重要です。
エンパワーメントは、「利用者が自身の能力に応じてできることを行い、自分の生活をより良くコントロールする」サポートを実現する方法のひとつといえるでしょう。
介護職員には、利用者一人ひとりのニーズや価値観を尊重し、本人が主体的な行動や自己決定できるような心の通ったケアの実践が求められます。
リーダーや管理者は、介護職員がエンパワーメントを実践できるよう、研修や勉強会を通じて意識改革を進めていきましょう。
まとめ
今回は、エンパワーメントの意味や介護の現場でどのように実践できるのかを具体的に解説しました。エンパワーメントは、利用者の尊厳を尊重し、その人らしい生活をサポートするためのベースとなる考え方です。
介護現場でエンパワーメント福祉を実践することは、利用者への質の高いサービスの提供だけでなく、介護職員のスキルアップ、施設全体の質の向上につながります。AIや介護ロボットの導入など、介護現場の環境は大きく変化していますが「人が人を介護する」ことには変わりありません。
日々たくさんの業務がある中で、エンパワーメントにつながる思いやりのあるケアや、温かいコミュニケーションを実践することは簡単ではないかもしれませんが、介護職員一人ひとりがエンパワーメントを実践し、利用者一人ひとりの「生きる力」を引き出し、より良いケアを目指していきましょう。
この記事の執筆者 | 吉田あい 保有資格:社会福祉士・介護福祉士・メンタル心理カウンセラー・介護支援専門員 現場、相談現場など経験は10年超。 介護現場(特別養護老人ホーム・デイサービス・グループホーム・居宅介護支援事業所)、相談現場を経験。 現在はグループホームのケアマネジャーとして勤務。 |
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