近年、介護業界において重大なコンプライアンス違反により、さまざまな行政処分を受ける介護事業所は少なくありません。
介護保険は、国民から徴収した介護保険料などの税金が財源となっている分、利用者に安全で質の高い介護サービスを提供することが求められています。
そのため、介護事業所がコンプライアンスを遵守し、適切な運営ができるよう全社的に取り組まなければなりません。
本記事では、介護業界におけるコンプライアンスについて、以下の内容を解説します。
・コンプライアンスとは
・介護事業所に求められるコンプライアンス
・介護業界で重視されるコンプライアンス例
・介護事業所でのコンプライアンス対策
介護事業所内のコンプライアンスを守る立場である管理者や施設長はぜひ最後までご覧ください。
目次
コンプライアンス(法令遵守)とは?
コンプライアンスとは国が定めた法令を遵守することです。
特に介護業界において遵守すべきコンプライアンスとして、以下のようなものがあります。
・介護保険法
・労働基準法
・個人情報保護法
・高齢者虐待防止法
さらに、就業規則など事業所内で定められたルールを守ることも、広い意味でのコンプライアンスと言えます。コンプライアンスを守ることは、介護事業所において、利用者や職員の安全・信頼を守り、適切な運営を行う上で重要です。事業を安全・安心に継続していくための基盤ともなります。
そのため、介護事業所はコンプライアンスを遵守し、適切な運営を行うことが求められています。
介護事業所に求められるコンプライアンス
介護事業所は民間企業よりも厳しいコンプライアンス遵守が求められます。事業収入である介護報酬は、国民から徴収した介護保険料などの税金が財源となっていることが理由の一つとして挙げられます。
そもそも介護事業所は介護保険だけではなく、個人情報や労働基準に関するさまざまな法律を遵守しなければなりません。
介護職員は利用者の様々な個人情報を知り得る立場にあります。そのため情報の取り扱いには特に気を付ける必要があります。また、知らず知らずのうちに高齢者虐待を行ってしまう可能性もあり得ます。
介護業界は深刻な人手不足に悩む施設も多いのが実情です。そのため、職員一人当たりの業務負担が過剰になり、長時間残業にも繋がりやすい状況にあるといえるでしょう。職員の心身の健康を守るためにも労働基準法を守ることは、施設運営においてとても重要です。
このように介護事業所では様々なコンプライアンスを守る必要がありますが、コンプライアンスを遵守し適切な施設運営ができるようになると、社会的な信頼を獲得し、結果的に事業所の発展につながります。
介護業界で重視されるコンプライアンス例
介護業界において重視されるコンプライアンスとして、以下のようなものが挙げられます。
・介護保険法
・労働基準法
・個人情報保護法
・高齢者虐待防止法
一つずつ解説します。
介護保険法
介護保険法とは、介護が必要な高齢者・障がい者が自立した生活を送ることを目的に、個人の状態や希望に合わせた介護サービスを提供するための法律です。
介護保険法には、指定権者である都道府県・市町村から介護サービスを提供する事業者としての指定を受けるための指定基準があり、以下の3つの基準を遵守しなければなりません。
・人員基準
・設備基準
・運営基準
また、介護サービスの提供にあたり、以下の5つを遵守することも求められています。
・利用者の人権やプライバシーの尊重
・利用者に適した医療行為の実施
・提供する介護サービスの質の向上
・経営状況の透明化
・適正な事業所の経営・財務管理
介護保険法に定められた基準が守られない場合、報酬の減額や指定取り消しなどの行政処分を受けることになります。
労働基準法(労働法規)
労働基準法とは、労働法規に含まれる法律の一つで、労働者の権利や労働環境を守ることを目的とした法律です。
介護業界では、主に利用者・家族に向けたコンプライアンス対策が注目されがちですが、介護事業所で働く職員に対して、労働基準法に基づき、以下の配慮を行うことが定められています。
・適切な労働時間の設定
・残業代や各種手当の適正な支払い
・休日の取得
また、労働基準法以外にも、以下の5つの労働基準に関連した法律があるため、こちらも遵守する必要があります。
・労働安全衛生法
快適な職場環境と労働者の健康・安全の確保を目的とした法律
・最低賃金法
労働者に対して支払う最低限支払うべき給与について定めた法律
・労働契約法
労働者を保護しながら労使関係の安定をサポートするための法律
・男女雇用機会均等法
性別に関わりなく労働者の募集・採用を義務化した法律
・育児・介護休業法
育児や介護を行う労働者のワークライフバランスを支援する法律
このように、介護事業所で働く職員の安全を守り、働きやすい環境を整えるためには、労働基準に関するコンプライアンスを守ることも重要です。
個人情報保護法
個人情報保護法とは、個人の権利や利益を守るために、個人と特定される全ての情報に関する取り扱いなどを定めた法律です。
厚生労働省は個人情報保護法に基づき、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」を作成し、介護業界における個人情報保護に関するコンプライアンスについてまとめています。
また介護事業所では、具体的に以下の方法で個人情報を守るよう対策しているところが多いです。
・利用者・家族から同意を得た上で情報収集を行い、目的以外での利用・第三者への提供を避ける。
・デジタルデータの場合、外部への情報漏洩やデータ消失を防ぐためにセキュリティソフトやパスワードを強固なものにする。
・介護事業所のパンフレットやサイトに利用者が写った写真を使う場合、利用者・家族から使用許可を得る。
このように、介護事業所は利用者・家族などのさまざまな個人情報を取り扱うことが多いため、個人情報保護に関するリテラシーの高さが求められています。
高齢者虐待防止法
高齢者虐待防止法は高齢者の虐待防止や保護するための措置などを行うための法律です。高齢者虐待防止法では、高齢者に対する虐待の種類を以下の5つに定義しています。
・身体的虐待
・介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)
・心理的虐待
・性的虐待
・経済的虐待
虐待が介護施設従事者(介護職員など)によって行われた際、速やかに市町村の担当窓口か地域包括支援センターへ通報しなければなりません。通報後は市区町村が介入して事実確認などの調査を行い、ケースごとに適した対応が決まります。
ちなみに、高齢者への虐待に関する調査を拒否した場合・虚偽の報告を行った場合、懲役や罰金などの罰則対象となるため注意が必要です。
介護事業所内で、利用者への虐待はあってはならないことですが、実際には虐待が行われているケースが近年増えていることも事実です。そのため、高齢者虐待に関するコンプライアンスを守ることは、介護事業所にとって果たさなければならない社会的責任と言えるでしょう。
介護業界のコンプライアンス違反事例
介護業界ではコンプライアンスの遵守が必要ですが、実際にコンプライアンス違反によって行政処分を受けた介護事業所も少なくありません。
こちらでは、介護業界におけるコンプライアンス違反事例を2つご紹介します。
不正請求
当該事業所は、次のとおり不正な請求を行っていた。
(ア) 同一建物減算の未実施に伴う不正請求
監査に基づき提出を受けた資料及び関係者への聞き取り調査の結果、当該事業所は、訪問介護事業所としての実態を有しておらず、その機能を同法人が運営する有料老人ホームに持たせることにより実質的に訪問介護事業所の役割を果たしていることから、同一建物減算が適用されるにもかかわらず、故意に減算を実施せずに指定訪問介護サービスに要する費用を請求していたことが確認できた。
引用:八王子市公式HP「介護サービス事業所の行政処分等について【令和6年(2024年)9月30日】」
高齢者施設で発生した利用者への虐待
次のとおり職員による入所者等への身体的虐待及び心理的虐待を確認した。
① 介護職員24名が入所者等8名に対し、1年以上必要な手続きを踏むことなく、 シーツで車椅子にくくりつける、車いすと机で動きを封じる、腹部にタオル等を
巻いておしめを触らせない、手に靴下等を被せておしめを触らせないなどの身体 的拘束を恒常的に行っていた。(身体的虐待)
② 介護職員1名が、指を鼻に突っ込んでいる入所者をタブレットで撮影し、他の職
員が閲覧できる状態にした。(心理的虐待)
引用:岡山県公式HP「介護保険事業者等に対する行政処分について」
介護事業所でコンプライアンス対策を行うには
コンプライアンスを遵守し、適切に介護事業所を運営するためには、職員一人ひとりのコンプライアンスへの意識を高めることが重要です。例えば、以下のような対策を行うことなどが方法としてあげられます。
・コンプライアンス研修を実施する
・マニュアルを作成・設置する
・事業所内で内部監査体制を構築する
・相談しやすい環境を作る
コンプライアンス研修を実施する
コンプライアンス研修を行うと、職員のコンプライアンス意識を高めることができるでしょう。
研修を通じて、正しい知識やスキルを習得し、適切な判断や行動ができるため、結果的に職員のコンプライアンス意識を高めることにつながります。具体的には、以下のようなコンプライアンス研修を行うと効果的です。
・介護事業所を運営する上で必要な法令に関する講義
・最新の法改正や業界のトレンドに関する講義
・シチュエーションを設定したロールプレイとグループワーク
・コンプライアンス違反に関するケーススタディー
また、研修テーマを選定する際、日々の業務における課題や疑問にフォーカスしたテーマを選ぶと、より学びを深める効果もあります。そのため、定期的に研修を行い、職員のコンプライアンス意識を高められるよう全社的に取り組むことが重要です。
マニュアルを作成・設置する
介護事業所内で定めたコンプライアンスを遵守する方法として、マニュアルを作成・設置することも効果的な対策です。マニュアルの作成・設置により、事業所内におけるコンプライアンスに関するルール・規定を明確にし、職員が適切に業務を行うための規範となるからです。
コンプライアンスに関するマニュアルを作成する際、以下の内容を分かりやすく明確に記載する必要があります。
・介護サービスに関連する法律・制度
・事業所内における社内規定
・職種ごとの業務規則
作成後は、全職員への配布・マニュアルに関する研修を行うことで、全ての職員がマニュアルを理解し、適切に業務を行うことが可能となります。マニュアルは一度作って終わりではなく、法改正や介護業界のトレンドに合わせて、定期的にマニュアルの見直し・更新が必要です。
そのため、マニュアルは常に最新の状態にし、全ての職員に浸透できるような仕組みを作ることも重要と言えます。
事業所内で内部監査体制を構築する
介護事業所内で内部監査体制を構築することも、効果的なコンプライアンス対策です。そもそも介護事業所で内部監査を行う目的は、コンプライアンスに従い、適切な運営ができているかを確認することです。
特に、以下の4つは事業所を運営する上で重要な要素であるため、定期的に内部監査を行う必要があります。
・介護報酬の請求手続き
・介護事業所の財務状況
・利用者ごとの記録の管理
・職員の労働環境と条件
定期的な内部監査によって、早い段階でコンプライアンス違反のリスクを確認できるため、改善につながります。また、内部監査による改善によって、職員のコンプライアンス意識を高める効果も期待できます。そのため、事業所内で内部監査体制を構築することは効果的なコンプライアンス対策と言えるでしょう。
相談しやすい環境を作る
同僚・上司など、事業所で働く職員間で相談しやすい環境を作ることも重要なコンプライアンス対策です。例えば、業務中にコンプライアンス上の問題が発生した場合、相談できない環境だと職員が独断で誤った判断をし、より問題が悪化してしまう可能性があります。
このようなリスクを軽減するため、以下のような取り組みを行うとよいでしょう。職員同士のコミュニケーションが円滑となり、相談しやすい環境を作ることができます。心理的安全性の高い職場づくりも管理職の重要な役割といえます。
・定期的なミーティングの実施
・事業所内での研修の開催
・職員全員への個人面談
・メンター制度を導入した新人職員への教育
このように、職員が事業所内で定めたコンプライアンスを遵守し、適切な判断や行動ができるよう、職員同士が支え合える仕組みを作ることも重要です。
介護事業所でコンプライアンスが守られない場合のリスク
介護事業所でコンプライアンスが守られない場合、以下のようなリスクが発生します。
・利用者・家族を含めた社会からの信頼を失う
・介護報酬の減算・返還請求など経済的な損失が発生する
・介護事業所の業務停止・指定取り消しなどの処分を受ける
・在籍する職員のモチベーションやモラルが低下する
・新入職員の採用や事業所への定着化が難しくなる
・再発防止策に伴う余計なコストが発生する
コンプライアンスが守られない背景には、組織体制・職員教育・管理機能に問題があることが少なくありません。
改善に向けた取り組みを行わず、放置したまま事業所の運営を続けると、将来的に大きなコンプライアンス違反が発生し、上記のようなリスクを背負うことになります。
そのため、日頃からコンプライアンスを遵守するように意識した事業所運営が求められています。
コンプライアンス遵守は質の高い介護サービス提供につながる
コンプライアンスを遵守した運営を行うことは、結果として質の高い介護サービスを提供することにつながります。例えば、以下のような効果を得ることができます。
・事業所内で定められた業務プロセスの透明性が高まる
・職員間のコミュニケーションが促進する
・職員として求められるスキルやモラルが向上する
質の高い介護サービスを提供し続けることにより、利用者・家族だけではなく、社会からの信頼を獲得し、事業所がより発展できるサイクルを作り出すことにつながります。そのためには前述しましたが、職員一人ひとりのコンプライアンスに対しての意識を高めることが重要となってきます。
介護事業を安定して継続していくためにも、これから益々、コンプライアンスを遵守することが大切となるでしょう。
まとめ
介護事業所におけるコンプライアンスについて解説しました。介護事業所は、介護保険法を含めたさまざまなコンプライアンスを遵守する必要があります。コンプライアンスを遵守すると、利用者・職員を守ることにつながり、結果的に質の高い介護サービスの提供や社会的な信頼を得ることが可能です。
一方、コンプライアンスが遵守できない場合、介護報酬の減額や介護事業所としての指定取消しなど、さまざまな行政処分を受けるリスクが高まります。その上、働く職員や利用者からの信頼も損ねる結果となるでしょう。
職員間のコミュニケーションを促進させ、事業所内で定めたコンプライアンスを守るための仕組みや対策を作ることが、介護事業所に求められています。
この記事の執筆者 | Kawashow 所有資格:介護福祉士 介護支援専門員 福祉用具専門相談員 福祉住環境コーディネーター2級 介護職として介護付き有料老人ホーム・病院の現場で7年間勤務。 ケアマネ資格取得後、地域密着型特養のケアマネとして2年間勤務し、現在は居宅介護支援事業所のケアマネとして8年目を迎えます。 本業と並行し、介護・福祉系ライターとしても活動しています。 |
---|
・【シンクロシフト】無料で試せる介護シフト自動作成ソフト
シフト作成の負担を軽減!スタッフに公平なシフトを自動作成!希望休の申請も、シフトの展開もスマホでOK!「職員の健康」と「経営の健康」を強力にサポートする介護業界向けシフト作成ソフト。まずは無料期間でお試しください。
・介護シフト管理 作成ソフト・アプリ10選!料金やメリットを紹介
介護業界向けシフト作成ソフト・アプリを紹介。シフト作成にかかる負担を減らしたいのなら、介護施設のシフト作成に特化したソフトやアプリの導入がおすすめです。
・介護施設でのシフト作成(勤務表の作り方)のコツを詳しく解説!
シフト作成に数十時間をかけている介護現場もあります。シフト作成業務を効率的に進めるコツを解説しています。
・介護・福祉現場のICT化 活用事例・導入事例5選
人手不足が深刻となる中、介護現場のICT化による業務効率化は待ったなしです。介護福祉現場における活用事例や導入事例、メリット・デメリットを解説します。