認知症の介護では「笑顔で接する」ことが大切だといわれていますが、ついイライラしてしまったり声を荒げてしまったりしてしまう方は多いのではないでしょうか。
笑顔は、高齢者と介護者との信頼関係を築き、心を穏やかにさせる方法のひとつです。
本記事では、認知症の介護における笑顔の効果について詳しく解説します。認知症の方との接し方で悩んでいる方は、ぜひ参考にしてください。
目次
認知症になると顔の認識が苦手になる?
認知症ケアをしている方の中には、「毎日介護をしているのに、いつも『はじめまして』って言うのよ」「娘の顔も忘れたのかしら」と、悩む方も少なくありません。
一生懸命介護をしているのに顔を忘れられてしまったら、やるせない気持ちや悲しい気持ちになることもありますよね。
顔の認識が苦手になる、というのは認知症から起こる症状のひとつですが、なぜ苦手になるのか、詳しくみていきましょう。
顔の認識が苦手になるのは、中核症状のひとつ
認知症は、厚生労働省により
「認知症とは、いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったためにさまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態(およそ6ヵ月以上継続)」
と、定義されています。
引用:厚生労働省 政策レポート
認知症の症状は、人によって異なりますが、新しいことを覚えたり、日時や場所が分からなくなったり、相手の言葉の理解や会話が難しくなったりという「中核症状」といった症状が多いです。
顔の認識が難しくなる3つの症状
顔の認識が苦手になる中核症状は、主に3つに分けられます。
失認:目に見えている人(物)の理解が難しい
見当識障害:相手が誰なのか分からない
人物誤認:違う人と認識してしまう
失認
中核症状の「失認」は、目に見えている物の理解が難しくなるといった症状です。失認とは、身体に問題がないにも関わらず、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)の認知能力が乏しくなってしまう状態のことをいいます。
顔の認識ができなくなるという失認は、視覚の失認のひとつで、毎日接しているはずの家族の顔が分からなくなることも少なくありません。
目や鼻、口といった顔のパーツは理解できますが「今見ている人は、いったい誰なのか?」と顔全体が分からなくなる症状です。
見当識障害
見当識障害は、日時や場所、道順、周りの状況への理解が難しくなる症状ですが、人の認識が難しくなることもあります。見当識障害によって顔の認識が難しくなるというのは、「その人が誰で、自分とどんな関係がある人なのか」の理解が難しくなっている状態です。
接している相手が娘や夫ということが理解できない場合などがあげられます。
人物誤認
人物誤認は、以下のように親しい人(家族や介護士など)を違う人と認識してしまう症状です。例えば以下のようなケースがあります。
・配偶者や子供を自分の親と認識してしまう
・自分の孫を子供と認識してしまう
・介護士を自分の子供だと認識してしまう
認知症であっても笑顔はわかる
認知症の方の介護をしているとき、目の前にいる相手が誰なのか、顔を認識できていない場合、どう対応すべきか悩む方も多いのではないでしょうか。こうしたとき、無理に正したり声を荒げてしまうのは、逆効果です。
本人にとっては混乱を招く要因となったり、大事な家族を忘れてしまったりと、自身の喪失につながります。認知症が進行すると物事への理解が難しくなりますが、感情は残るとされるからです。
今そばにいる相手が誰なのかが分からなくなっても、顔のパーツや表情から、どんな感情を向けられているのかが理解できる場合があります。
私たちも、相手の顔を見て、以下のように相手がどんな感情を抱いているのかイメージしますよね。
・眉毛をつりあげ、への字口をしているのは、怒った顔
・眉毛がへの字に下がり、口がすぼんでいるのは、悲しい顔
・眉毛が下がり、目が細く、口がにこやかに開いているのは、笑った顔
怒った顔や悲しい顔をしながら接していると「悲しい」「辛い」「怖い」といったネガティブな感情を受けますが、笑顔で接することで「嬉しい」「楽しい」と、ポジティブな感情の記憶として残り続けます。
認知症であっても、相手がどんな感情であるかは分かりますので、認知症ケアを行う家族や介護士は笑顔で接することが大切です。
認知症の方に笑顔で接することの効果
笑顔は、心地よい環境を作り出し、相手との信頼関係を築くためのコミュニケーションのひとつです。目元や口元の表情を意識し、穏やかな笑顔で接すると効果的でしょう。
ここでは、笑顔の効果について説明します。
感情を伝えられる
笑顔は、言葉に頼らないコミュニケーション、非言語的コミュニケーションのひとつです。非言語的コミュニケーションは、ノンバーバル・コミュニケーションともいわれ、表情やジェスチャー、視線など身体動作を用いて相手に意思や感情を伝えます。
※言葉を用いたコミュニケーションは言語的コミュニケーション(バーバル・コミュニケーション)といいます。
認知症で顔の認識やできず言葉でのコミュニケーションが難しくなったとしても、笑顔で接することで、ポジティブな感情を伝えることができるでしょう。
安心感を与えられる
認知症になると、これまでできていたことができなくなってしまったことや、これからどうなってしまうのだろうという不安感を抱く方が多いです。
しかし、家族や介護士など身近な人が笑顔で接することで、受容の気持ちを伝え「受け入れてもらえている」という安心感を与えることができます。
介護者の心身にも笑顔の効果が期待できる
認知症の方と接する際、ついイライラしてしまったり、強い口調になってしまったりといったことはありませんか?
認知症介護は介護者の負担が大きく、特にBPSD(暴言や暴力、徘徊、昼夜逆転、物取られ妄想など)がきつい方の介助をする場合、ストレスもたまりやすいものです。こうしたときにも、笑顔は認知症の方だけでなく、介護者の心身にも良い影響を与えます。
ここでは、介護者の方に対する笑顔の効果について説明していきます。
アンガーマネジメント
アンガーマネジメントとは、自分の怒りやイライラを客観的にみて気持ちをコントロールする方法です。
笑顔で接することを意識することで、イライラを抑え、ストレスの軽減や穏やかな気持ちでケアに臨めるといった効果が期待できるでしょう。
リラックス効果
自律神経は、交感神経(緊張させる神経)と副交感神経(リラックスさせる神経)とが交互に働くことでバランスをとっています。
疲れやストレスが蓄積されているときは、交感神経が優位になり、睡眠時や体を休ませているときには、副交感神経が優位です。
笑顔には副交感神経を優位にさせ自律神経のバランスを整えてくれる効果があるため、身体の緊張をほぐし、心を穏やかにさせてくれます。
免疫力アップ
笑うことで、体内のナチュラルキラー細胞が活性化し、免疫力を高める効果があるとされています。介護をしている方の中には、睡眠不足や介護疲れなど心身の負担を感じている方は多いのではないでしょうか。
ナチュラルキラー細胞は免疫機能を正常化してくれるので、笑顔は健康維持や病気の予防にも効果的です。
メンタルヘルスの安定
意識的に笑顔を作る場合であっても、メンタルヘルスの安定に効果的です。口角をキュッと上げて意識的に笑うことで、脳が「楽しい」「面白い」と錯覚するため、本当に笑った時と同じような効果を得ることができるとされています。
「笑顔が大切」といわれても、認知症介護は介護者のストレスが大きく、なかなか笑う気分になれないこともあるでしょう。しかし、笑顔でいることを心がけるだけで、介護者と相手のメンタルヘルスが安定し、よりよいケアを実践することができるのです。
笑顔の連鎖
「他人は自分を映す鏡である」という言葉がありますが、介護者と認知症高齢者との間に生まれた気持ちや状態は、ダイレクトに伝わり反映します。
介護者が無表情や怒った表情で接すると、相手はネガティブな気持ちに陥り、孤独感や不安感が強まり、BPSDの症状も強めてしまう可能性もあるでしょう。
一方、介護者が笑顔で接することで、穏やかな気持ちで過ごしていただくことができるのです。認知症の方の表情や言動は、自分を映しているのだと意識しながら笑顔で接することで、お互いの笑顔につながります。
認知症の方との接し方のポイント
ここでは、介護職や認知症介護を行っている家族の方に向けて、認知症の方と笑顔で過ごせる接し方のポイントについて紹介します。
昔の話をする
認知症の方は、最近の出来事は忘れていても昔の話は多弁になる方が多くいらっしゃいます。笑顔を引き出す効果的なアプローチのひとつが「回想法」で、昔の写真や音楽などを通じて思い出話をすることです。
過去の記憶が思い出され、家族とのエピソードや喜び、大変だった頃の思い出を共有することができます。人それぞれ思い出は異なりますが、これまでの人生を振り返り懐かしむことで、自然な笑顔が生まれるでしょう。
明るい口調で話す
「認知症になると何も分からなくなる」と思い込み、無言で介助してしまう場合があります。反応がなくても、「おはようございます」「今日は寒いですね」と、声をかけることが大切です。
ニュースや日常生活の話題など、ちょっとした会話を積極的に取り入れるだけで、緊張感をほぐし笑顔を引き出すことができます。明るい口調で話しかけることを意識してみましょう。
同じ目線で接する
上や後ろから声をかけるのは、認知症の方に威圧感を与えてしまう恐れがあります。安心感を持っていただけるように、同じ目線でコミュニケーションをとり、介護者の表情や気持ちを示すことが大切です。
その人のペースに合わせる
認知症になると、行動や選択することが遅くなる場合が多く、余裕がなくなり焦った行動をしてしまいがちです。
時間がないときは「早くして」とイライラしてしまう気持ちもありますが、介護者は「ゆっくりで大丈夫ですよ」と声をかけ、本人の行動を待ちましょう。
その人のペースに合わせて介助することで、認知症の方は安心して動作したり選択することができます。
役割をもっていただく
認知症は何もできなくなってしまうわけではありません。「認知症だから」といって何もさせないのではなく、これまで生きてきた仕事や経験を活かした「できること」に注目し、役割をもっていただくことが大切です。
例えば、洗濯物を畳んだり、テーブルを拭いてもらったりなど、その人のできる力を発揮していただきましょう。認知症になっても自分の役割があることで、認知症進行の予防になるだけでなく、生き生きと過ごす活力にもなります。
否定せず相手の世界に寄り添う
認知症介護では、受容・共感・傾聴が大事だといわれています。相手がいまどんな世界で生きて、どんな光景を見ているのかと、相手の心をあるがまま受け入れ、訴えをじっくり聞き、共感することです。
人の顔が認識できなくなり、介護者に対して別の人物の名前を呼んでいても、否定せずに受け入れることで、安心ある生活につながり笑顔で過ごすことができるでしょう。
まとめ
認知症の方は、多くの不安や喪失感を抱いています。家族の顔や名前を忘れてしまっていても記憶の引き出しの奥には思い出が残っていることを心に留め、接する際は笑顔を意識することが大切です。
ただし、認知症の介護は介護者の負担が大きくストレスもあります。しんどいと感じたときやどうしても笑顔になれないときは、一人で抱え込まず、ご自身の心と体を大事にするため、ケアマネジャーや適切な機関へ相談してください。
介護者の心身の健康や相手への安心や信頼感につながる「笑顔」を心がけながら、無理をしない認知症ケアを実践してみましょう。
この記事の執筆者 | 吉田あい 保有資格:社会福祉士・介護福祉士・メンタル心理カウンセラー・介護支援専門員 現場、相談現場など経験は10年超。 介護現場(特別養護老人ホーム・デイサービス・グループホーム・居宅介護支援事業所)、相談現場を経験。 現在はグループホームのケアマネジャーとして勤務。 |
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