介護現場で働く皆さんは、日々の仕事の中で次のような疑問を持ったことはありませんか?
「介護って何をするのが正しいんだろう?」
「自分のやっている介護は間違っていないだろうか?」
「どうすれば、高齢者のためになるんだろう?」
これらの問いに対して明確な答えはありませんが、一つの考え方として「自立支援介護」があります。
「自立支援介護」とは、高齢者ができる限り自分で生活を営むことを支援するケア方法です。聞いたことのある方も多いのではないでしょうか?
本記事では、自立支援介護の基礎から具体的なケア方法までを詳しく解説し、現場での実践に役立つ情報を提供します。
目次
自立支援介護とは
実は自立支援介護に明確な定義はありません。
しかし、介護保険法第一章では、
利用者が可能な限りその有する能力に応じた自立した日常生活を営むことができるように支援すること(一部要約)
とその目的を示しています。
また、一般社団法人日本自立支援介護・パワーリハ学会会長の竹内孝仁博士は、
自立支援介護とは、その人の「身体的」「精神的」かつ「社会的」自立を達成し、改善または維持できるよう介護という方法によって支援していくことです
と提唱し、この概念の普及に貢献しています。
自立支援介護をわかりやすく言うと、
要介護者ができる限り自分の力で生活できるようにサポートするケア手法
です。
従来の介護は「お世話型の介護」と呼ばれ、高齢者ができないことは全て介護者が行ってきました。
しかし、全てを介護者が行ってしまうと「自力でできることでも介護者に頼ってしまい、そのうち高齢者が自身でできていたことも、できなくなってしまう」というリスクもあります。
そこで生まれたのが自立支援介護の考え方です。例えば、
「全く歩かない人」と「少しでも歩く人」
ではどちらの方が先に足が弱っていくかは明らかです。
さらに、自立支援介護は高齢者の自立を促進するだけでなく、他にも様々なメリットもあるため、現在、主流なケア手法となっています。
自立支援介護のメリットと重要性
自立支援介護には多くのメリットがあります。本項では、様々な視点から、自立支援介護の具体的な利点と重要性について解説していきます。
要介護者のQOLの向上
QOLとは「生活の質」を意味し、健康状態・心理状態・社会的な面からの幸福感や生活全体の質を指します。
自立支援介護は、単に身体的機能の維持・向上を図るだけではありません。高齢者ができることが増えると、自信がつき、生活に対して意欲的になります。
さらに、生活意欲が高まると他者との交流も自然と活発になっていくでしょう。ADLが向上することで、要介護の改善も期待できます。
一方で、体が不自由になると、自信を喪失しふさぎ込みがちになります。このような状態が続くと、身体の衰えが進むだけでなく、認知症の悪化も招きかねません。
このように、自立支援介護は身体機能の維持・向上を図るだけでなく、高齢者の自信や生きがいにも繋がるケア手法なのです。
介護者の負担軽減
介護をする、ということは介護者にとっては身体的にも精神的にも大きな負担がかかるものです。要介護度が高いほど介護者の負担は高まるでしょう。
介護は施設への入居などをしなければ、毎日続くものです。場合によっては介護者の介護離職といったケースも考えられます。介護負担が原因となり、家庭内の関係性が崩れることも少なくはありません。
しかし、自立支援介護を実施することで、高齢者が自立すれば介護者への負担も軽減されるでしょう。たとえば、排泄介助一つとっても、介助を必要な場合とそうでない場合で負担は大きく異なります。
このように可能な限り自分の力で生活できるように支援する自立支援介護は、高齢者当人だけでなく、その周囲にも好影響を与えるケア手法です。
経済的な負担軽減
介護保険制度があるとはいえ、介護サービスや介護用品などにかかる経済的な負担は決して軽くはありません。しかし、自立支援介護を経て高齢者が自立をすることで、その費用を軽減させることが可能です。
歩行訓練をした結果、レンタルしている車椅子が不要になれば、その分のコストが削減につながります。このように、自立支援介護は経済的な面でも恩恵をもたらします。
自立支援介護の4つの基本ケア(水分・食事・排便・運動)
自立支援介護には、4つの基本ケア、と呼ばれるものがあります。これは、人間が健康であるための基本原則とも言え、認知症ケアにも共通しているものです。
水分ケア
人が生きていく上で、水分は非常に重要な要素です。特に高齢者の場合、水分が不足すると脱水症状や認知機能の低下を引き起こす原因となります。
しかし、高齢者は喉の渇きを感じにくくなったり、失禁を恐れて水分摂取を控える傾向があります。そのため、こまめに声をかけることや、好みの飲み物を提供するなどの工夫が必要です。
こうした背景から、自立支援介護では「1日に1500mlの水分を摂取すること」を目標としています。
食事ケア
食事は水分と同様に、生命を維持するために欠かせない要素です。栄養が不足すると、体力や免疫力の低下、さらには廃用症候群などの健康障害のリスクが高まります。
また、食事量が減ったからといって、すぐに柔らかい食事に変更するのは避けた方がいいでしょう。柔らかい食事は噛む刺激が少なく、口腔機能の低下を促す恐れがあるためです。
高齢になると食が細くなりがちですが、できるだけ普通食を提供し、しっかりと食べて貰えるよう工夫が必要です。
こうした理由から、自立支援介護では「噛める食事で、1日1500kcal以上」の栄養を摂ることを理想としています。
排便ケア
排便のリズムは、自立支援介護のための重要な要素の一つです。
便秘が続くと腹痛を引き起こし、それが原因で食事量や水分摂取量の低下に繋がる事があります。一方で腸内環境が整い、定期的な排便があると、認知症予防に効果があると言われるセロトニンが体内で生成されやすくなります。
また、排便を促すために下剤を服用することも考えられますが、体に負担がかかる場合があるので注意が必要です。食事や水分をしっかりと摂り、適度な運動を行い、定期的にトイレに行くといった生活習慣を整えることが大切です。
このような理由から、自立支援介護の排便ケアは「3日以内の自然排便」を目標としています。
運動ケア
健康的な身体を維持するためには、適度な運動が欠かせません。
高齢者にとっての運動は、筋力やバランス感覚といった身体機能の維持・向上に役立つだけでなく、脳を刺激して認知症の進行を予防する効果も期待できます。さらに、運動は便意の促進や排泄の調整にも役立ちます。
ただし、無理な運動は怪我のリスクを伴うため、ストレッチや体操、歩行訓練などの軽い運動が適しているでしょう。
以上の理由から、自立支援介護では「歩行の目安は1日2km以上」とされてます。
介護施設で取り組める自立支援
ここまで、自立支援介護とは何かについて解説してきました。ここからは、介護施設での日常業務の中で取り組める自立支援のポイントについてお伝えします。
日常生活動作
日常生活の中で「できるところは自分でやってもらう」という意識を持つことで、自立支援介護を実践できる場面は見えてきます。
たとえば、車椅子の利用者の起床介助の場合を考えてみましょう。
・仰臥位から端座位をとってもらう
・靴を履いてもらう
・ベッドから車椅子まで移乗する
・洗顔する
・足を使って自走しホールへ行く
などが挙げられます。これらの介護は、入居者のADL低下予防だけでなく、業務効率化にも役立ちますので積極的に採用していきましょう。
環境整備
利用者のADLが低下したと感じた時、すぐに介助するのではなく、周囲の環境に目を向けることも大切です。利用者が自分で行動しやすい環境を整えることで、日常生活の自立度を高める可能性があります。
ただし、手すりや家具などの大型のものを移動するのは簡単ではありません。ここでいう環境整備とは、ベッドの側に小物をおけるようなテーブルを設置するなど、施設職員でもできる工夫のことを指します。
たとえば、食事量が低下した利用者がいた場合、以下の点に注意してみましょう。
・食事の時間は、利用者の生活リズムにあっているか?
・テーブルや椅子の高さは適切か?
・食器は利用者が食べやすい形状のものか?
・箸やスプーンなどは、利用者に適したものを使用しているか?
・食事形態は利用者に合ったものか?
・料理は利用者の好みに合っているか?
このように、利用者が行動しやすい環境を整えることで、利用者が自発的に行動するようになり、自立支援に繋がっていきます。
レクや家事手伝い
介護施設では、レクリエーション活動や家事手伝いも自立支援の一環として活用できます。もし利用者が施設に来ても何もすることがなければ、それは利用者の自立を妨げてしまうことになるでしょう。
軽い体操やゲームは、楽しみながら自然と体を動かすことができます。また、脳トレや塗り絵などは、思考や指先を動かすことで脳の活性化に効果が期待できるでしょう。
また、利用者に簡単な家事を手伝ってもらうことも、自立支援につながります。洗濯物の片付けや台拭き、軽い掃除などが適しています。
これらの活動は体を動かすことで、身体機能の低下を予防することにつながります。また、できる範囲で自分の役割を持たせることで、利用者の自信を高め生活意欲を引き出すこともできるでしょう。
何より、レクや家事手伝いは、介護者にとっても利用者との信頼関係を深める良い機会となります。良い環境で過ごせるからこそ、利用者も前向きな思考となり、チームや施設全体での自立支援につながるでしょう。
レクリエーションのネタについては以下の記事でおすすめをまとめていますので、レク担当の職員の方はぜひ参考にしてみてください。
自立支援介護へ取り組む際の注意点
自立支援介護を実践する際は、いくつかの重要なポイントに注意を払う必要があります。以下に、その具体的な注意点をあげていきます。
本人の意思を尊重する
自立支援介護の目的は、高齢者が自分の力で生活していくことにあります。そのため、実践には本人の意思や希望を尊重することが重要です。本人が望まないことを強制すると、逆にストレスを与え、モチベーションを低下させる可能性があります。
では拒否があった場合、介護職員はどのように対応すべきでしょうか?
無理に歩行訓練を進めるのではなく、まずは立ち上がりから始めたり、運動ケア以外のアプローチを進めていくのが良いでしょう。本人が望む生活とは何か。それを実現するためにどのような支援が必要かを考え、本人が納得した上で行うことが基本です。
4つのケアのバランスに気を付ける
4つの基本ケアは互いに密接に関連しており、どれか一つでも欠けると他のケアにも影響を及ぼすことがあります。
たとえば、水分が不足して脱水症状が起こると、食欲が低下し食事量も減少します。栄養が不足すると、運動するエネルギーが不足し、筋力や体力が低下してしまいます。
さらに栄養や水分が不足し、運動による刺激が少ないと便秘になりがちです。便秘になってしまうと、腹痛から水分や食事を控えてしまいます。
このようにケアのバランスが崩れると悪循環に陥り、ADLの低下や自立の困難さにつながるでしょう。
しかし、逆に4つのケアをバランスよく行うことで、好循環が生まれQOLの向上や要介護度の改善が大きく期待できます。そのためには、日々の生活の見直しと、それに適したケアを提供することが重要です。
数値基準はあくまで目安と考える
4つの基本ケアについて、それぞれ目標が定められていますが、それらはあくまで目安と考えましょう。数値基準を厳格に守ろうとするあまり、利用者の状態や能力を無視してしまうと、過度な負担をかけることになりかねません。
たとえば、運動ケアでは「歩行の目安は1日2km以上」とされてますが、車椅子の高齢者にこれを課すのは無理があります。その場合は、移乗時の立ち上がり訓練や、座ったままで足踏みをするなど、その人の状況に合わせた運動が適していると言えます。
このように自立支援介護を行う際には、数値にこだわりすぎず、一人ひとりの状態にあったケアを心がけることが重要です。
まとめ
本記事では「自立支援介護」について、基本的な考え方から具体的なケアの方法までを解説しました。
超高齢化社会に突入し、介護の担い手が減少している状況で、自立支援介護は有効な介護手法と言えるでしょう。なぜなら、高齢者と介護者の双方にメリットがあるからです。
ただし、その実践には4つの基本ケアや注意すべき点を意識する必要があります。これらのポイントをしっかりと理解し、適切に取り入れることが重要です。
自立支援介護を通じて、利用者のQOLを向上させるとともに、介護職自身も働きやすい環境を築いていきましょう。
この記事の執筆者 | ソテツ 保有資格:実務者研修、ユニットリーダー研修修了 ショートステイに約8年勤務、デイサービスで約半年勤務、サ高住で約1年半勤務、と約10年ほど介護業界で仕事をしてきました。 ショートステイでは1年ほどユニットリーダーをさせて貰いました。 短い期間でしたがそのわずかな期間で、施設内での稼働率NO.1のユニットを作り上げることに成功してます。 現在は介護・福祉系ライターとしても活動中。 |
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