介護施設においてリスクマネジメントが重要なことは、皆さんご存知のことと思います。
リスクマネジメントを行うにあたって、職員それぞれが闇雲にリスクマネジメントを行っても、効果が期待できないばかりではなく、安全(事故が起きないこと)を優先するあまり、利用者の自由を奪ってしまいかねません。
また、介護施設におけるリスクを分析して対策を考える、という一連の流れだけでは、全職員が同じ方向を向いて効果的なリスクマネジメントに取り組むことは困難です。
では、どのようにすれば、介護施設において効果的なリスクマネジメントを行うことができるのでしょうか。それには適切なリスクマネジメントの「目標設定」が必要になります。
そこで本記事では、介護施設のリスクマネジメントを行うにあたって重要な、目標設定について解説していきます。
目次
介護施設のリスクマネジメントとは
介護施設のリスクマネジメントを進めていくには、まずはリスクマネジメントとはどういうことかを知らないと始まりません。
リスクマネジメントは、事故を未然に防ぐことだけではなく、起こってしまった事故にどのように対応するのかを検討しておき、施設全体で共通認識しておくことです。
このように、あらかじめ予防と対策を行っておくことで事故を減らし、起こってしまった事故も被害・損害を最小限に抑えることができます。
リスクマネジメントを組織としてしっかり行っておくことで、利用者だけでなく、介護事故の訴訟リスクから職員も事業所も守ることができます。
施設で起こる事故は様々です。例えば、以下のような事故などが考えられます。
・誤飲・誤嚥事故
・誤薬事故
・転倒・転落事故
・入浴時の事故
どのような事故が起こるかを知ることは、リスクマネジメントでは重要になります。
リスクマネジメントを進める手順
リスクマネジメントは以下のような手順で進めていきます。
・リスクの収集・発見(ヒヤリハット・事故報告書)
・リスクの分析
・リスクの対策
・リスクコントロール
ヒヤリハットの収集により、
現状の把握 → 分析 → 分析結果から対策を考える → 考えた対策を実施して重大事故を予防する
という流れを確立し、リスクコントロールを図っていきます。もし事故が起きてしまったら、ご利用者の安全を確保して適切な処置を行います。
また、ご家族への報告を行いますが、これはできるだけ早く行うことが大切です。ご家族への連絡は間違った対応をするとクレームに繋がるので、特に注意が必要です。
次に行うのは記録ですが、注意点は起こったことを時系列に書いていき、それをもとに施設内で情報を共有することによって、再発防止に取り組むリスクマネジメントができます。
そして大切なことは、リスクマネジメントは継続して繰り返し取り組むことです。
下記の記事では、具体的な事例を紹介しながら、介護現場での事故発生時における対処法や目的、リスクマネジメントの重要性について解説しています。ぜひご一読ください。
また、ヒヤリハットに関しては以下の記事をご参考にしてください。
介護施設で事故が起こりやすい場所
公益財団法人 介護労働センターが、介護事故を分析した「介護サービスの利用に係る事故防止に関する調査研究事業」によると、介護事故の1位は転倒・転落・滑落が全体の半数以上の65.6%を占めており、ついで誤嚥・誤飲・ムセ込みが13%、送迎中の交通事故2.5%、ドアに体を挟まれた0.7%、盗食・異食0.4%、その他5.8%、不明12%となっています。
また、介護サービスの分類別で見ると、入所系サービスで発生した事故は254件あり、全体の92%を占めています。ついで通所系サービスが20件と全体の7.2%、居宅介護支援サービスが2件の0.8%という結果になっています。(参照 同資料P.3)
次に、入所系サービスの事故分析について見ていきます。
入居系サービスでの統計を見ても、事故の順位はあまり変わりません。1番多い事故は、転倒・転落・滑落が77.9%を占めており、ついで紛失・破損が7.8%、誤飲・誤嚥が2.7%となっている。
詳細が不明な事故は4.3%となっています。(参照 同資料P.13)
最も多い転倒・転落事故の発生状況は、室内移動中・他利用者介助中・見守り中が半数を占めていることから、生活の場である介護施設内では、どの場所でも事故が起こりうる、ということが考えられます。(参照 同資料P.16)
例えば、転倒などの発生場所によっては、骨折だけではなく死亡事故に繋がりかねません。
そのため、介護職員は日々の業務の中で全方向に意識を向けて業務に取り組まなければなりませんが、それでも事故を完璧に防ぐことは困難なことが見えてきます。そうした状況だからこそ、少しでも事故のリスクを減らすために、介護施設におけるリスクマネジメントを実施することが大切なのです。
介護施設のリスクマネジメント 目標設定の重要性
リスクマネジメントの取り組みを始めるにあたって、まず行うのは目標設定です。
目標を明確にすることで、施設職員一丸となり、リスクマネジメントの取り組みが実現できるようになります。しかし目標設定をするときに方向性を間違えると、当然ながら取り組みを行っても思うような結果は得られません。
例えば、「安全な施設を目指す!」という目標を考えたとします。一見普通の目標のように感じるかもしれませんが、リスクマネジメントの目標としては間違っているといえます。
「安全」という言葉だけでは、具体性がなく職員の意識の統一が困難となります。職員それぞれで、安全に対する考え方が違うからです。
では、例えば「感染マニュアルを熟知して、有事に冷静に対応する。」ではどうでしょうか。目標を具体的に表現することで、施設として何を求めて自分たちが何をすればいいのかが明確になります。
目標一つで結果が大きく変わってしまいます。そのため、目標設定を適切に行うという重要性はご理解いただけると思います。
介護施設のリスクマネジメント 目標設定のやり方
それでは、リスク管理の効果が得られる目標設定をどのように行えばいいのかを考えていきましょう。
例えば「リスク」という言葉はよく使われますが、個々の職員でリスクの定義は異なる可能性があります。そのため、言葉の定義を明確にしておくことが大切です。
定義を統一するために、「リスク」の意味や「リスクマネジメント」の目的を明確にすることで「リスク」「リスクマネジメント」という言葉が、施設全職員の中で共通言語・共通認識となり、取り組みの効果を高めることができます。
このように、施設全体で共通認識できるような目標になっているかを考えて、目標設定をすることが大切です。
介護施設のリスクマネジメント 目標設定についての考え方
目標設定の目的は、施設全体で共通認識を作ることです。そのため、目標は抽象的なものではなく、具体的な目標を考える必要があります。
例えば「全職員でがんばってリスクマネジメントに取り組もう!」を目標に設定したとします。目標らしい言葉のような気がし、意識の向上にはなるかもしれません。
しかし、職員一丸となって同じ方向を向いてリスクマネジメントに取り組むことは難しく、効果も期待できません。「全職員でがんばってリスクマネジメントに取り組もう!」という目標には具体性がなく、先ほど述べたように目標が共通認識として捉えられにくいからです。
がんばり方は人それぞれですし、リスクマネジメントという言葉も全員が同じように認識できているのか不明です。
目標設定の考え方としては、目標を具体的な言葉にすることで、全職員の共通認識をつくることと言えます。そのため、「感染マニュアルを熟知して、有事に冷静に対応する。」といったような具体性が大切となります。そうすることで、目標に向かって何をすれば良いか、といったことも職員間で検討しやすくなるでしょう。
介護事故ゼロを目標とするのは現実的に難しい
リスクマネジメントの目標として「介護事故ゼロを目指す」という目標を立てたことはないでしょうか。残念ながら、「介護事故ゼロを目指す」という目標は達成できない可能性が高いといえます。
理由は、介護施設において介護事故をゼロにすることが非常に困難だからです。介護施設は生活の場であり、高齢者が転倒したり、誤嚥などの事故を全て防ぐことは難しいです。
入所サービスで発生する事故は、通所系・居宅系のサービスと比較しても非常に多くなっており、90%を超えています。このことから事故は起こるものと認識し、万が一にも備えてリスクマネジメントを実施することが大切なのです。
介護ゼロを目標としてしまうと、身体拘束や虐待などの問題につながっていく可能性が高くなってしまう恐れがあります。事故のリスクを排除するために、入居者の尊厳を無視した対処を行ってしまうリスクが今度は高まってしまうかもしれません。
こうしたことから、リスクマネジメントの目標は「介護事故ゼロ」というような無理なものではなく、「事故を低減させる」など実現可能なものから考えていくことが、取り組みの成功に繋がります。
まとめ
リスクマネジメントに取り組むにあたり、目標設定の考え方を知っておく必要があります。本記事で解説したように、適切な目標設定は取り組みの成功・失敗を分ける重要なものです。
リスクマネジメントを行うにあたって、大切な目標設定ですが「介護事故ゼロ」というような実現不可能な目標では、現場の混乱などを招いてしまいます。また、抽象的な目標ではなく、具体的な目標を考えることが成功の鍵になると言えます。
もしリスクマネジメントに取り組んでいて成果が得られていない場合、一度職場の目標を確認してみてください。言葉の定義も確認することが大切です。職場の目標は、全職員の共通認識になっているでしょうか。
目標設定の注意点に留意して、それぞれの施設にあったリスクマネジメントの取り組みを行い、介護事故の低減を図っていきましょう。
当サイト内には、他にも介護施設のリスクマネジメントに関連した記事を掲載しています。こちらもぜひご覧ください。
・介護施設のリスクマネジメント プロセスを分かりやすく解説!
・介護現場のリスクマネジメントとは?事例から学ぶ対処法や目的・重要性
・介護施設における危険予知トレーニング(KYT)とは?どんな効果が期待できる?
この記事の執筆者 | yoko 所有資格:介護福祉士 介護支援専門員 介護職として、デイケア、訪問入浴、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、訪問介護、定期巡回随時対応訪問介護、ホームホスピスで計25年勤務。 25年の経験の中で、介護主任として介護職員の指導・育成・管理業務を経験し、さらに介護部長、管理者として施設運営も経験し、地域密着型特別養護老人ホームの開設にも携わる。 現在は介護老人保健施設で、一般介護職として勤務。今後は主任ケアマネを取得するために、特別養護老人ホームで、介護支援専門員としての勤務予定。 長い現場経験を活かし、介護特化のライターとしても活動中。 |